――――1945年4月7日





 この日、矢矧さんを旗艦として大和さんと共に出撃した第二水雷戦隊は私……初霜と雪風ちゃん、涼月さん、冬月さんを残して皆が激戦の果てに眠りに就きました。
 矢矧さんは魚雷7本、爆弾12発もの軽巡洋艦としては空前絶後の被害を受け、沈没。
 磯風さんは航行不能となった矢矧さんを救出しようとして、至近弾を受けて機関が停止した後、最終的に雪風ちゃんの手によって砲撃処分。
 浜風さんは船体後部に爆弾が命中した後、船体中央部に魚雷を受け、沈没。
 霞ちゃんは大破して航行不能になった後、最終的には冬月さんの手によって雷撃処分。
 精一杯大和さんと一緒に戦ったけれど……皆、居なくなってしまいました。

 ――――初霜ちゃん、先に進みましょう。私達だけでもあの島に行かないと……。

 大和さんの最期を見届けた後、大破した涼月さんが離脱してこの海域に残されたのは私と雪風ちゃんと冬月さんだけ。
 雪風ちゃんは夜陰に紛れる事の出来る今なら、と進む事を提案します。
 皆が居なくなり、先に進もうとしたその意思を継げるのは私達だけです。
 雪風ちゃんの戦意に衰えは見られず、士気はまだまだ落ちきってはいないようです。
 皆の屍を越えなくては顔を向け出来ないと言う気持ちがあるのでしょう。
 瞳には涙が溢れそうになるくらいに溜まっているのに雪風ちゃんは目指そうと言う意思を背負おうとしています。

 ――――いえ、戻りましょう。

 ですが、被弾が無いのは私だけで雪風ちゃんは不発弾を1発、冬月さんに至っては中破の被害を受けていて、とても余力があるとは言えません。
 そのため、第二水雷戦隊の旗艦となった私は戻る事を決断します。
 元より無謀な作戦です。
 皆の意思があったとしてもこれ以上の犠牲を出す事は良しとする訳にはいきません。
 確かに『皇国の興廃は正に此の一撃に在り、私達こそ一億総特攻の魁である事。各々、決して忘れる事の無いように』と言われて居たけれど……。

 ――――『生きて帰る事を躊躇ってはならない』矢矧さんの最後の言葉……忘れてないわよね? 雪風ちゃん。

 最後の出撃を行うにあたって矢矧さんは私達にこう言っていた。
 例え、道中で皆が力尽きたのだとしても残った者は生きて帰るようにと。

 ――――でもっ……それを言ってくれた矢矧さんだってもう……!

 遂に涙を我慢出来なくなった雪風ちゃんが絞り出すように本音を言います。
 私達と共に出撃した皆も居なくなり、出撃前の言葉を伝えてくれた矢矧さんはもう居なくって。
 雪風ちゃんの妹である磯風さん、浜風さん。
 私と共に北号作戦を成功させた親友の霞ちゃんと朝霜さん。
 そして……私達を率いていた大和さんと矢矧さん。
 皆、皆居なくなってしまって――――。
 雪風ちゃんがそう言うのも解ります。

 ――――だからっ! ……だからこそ、私達は帰らなきゃいけないのよ! 私達が帰らなければ誰が皆の最期を伝えるんですかっ!

 だけど、私達が戻らなければ大和さん、矢矧さん、磯風さん、浜風さん、朝霜さん、霞ちゃんの戦いを見届けた者は誰も居なくなってしまいます。
 誰にも知られず、悟られず、このまま皆を眠りに就かせる訳にはいきません。
 これ以上、無意味な戦いで命を粗末になんて出来ません。
 矢矧さんから第二水雷戦隊旗艦を引き継いだ以上、一隻でも一人でも助けて……残った皆で無事に戻りたいんです。
   だから、雪風ちゃんの意見には頷く事は出来ません。
 冬月さんも同じ想いなのか黙って私の意見に同意しています。

 ――――ね? 雪風ちゃん……私と冬月さんと一緒に帰りましょう? 勿論、先に戻って行った涼月さんも一緒に……。

 唯、只管に涙を流す雪風ちゃんの頭を優しく撫でながら諭すように言葉を伝えます。
 残された私達に出来る事は矢矧さんの最後の言葉通り、生きて帰る事を躊躇わず、その最期を伝える事。
 それには雪風ちゃんも涼月さんも冬月さんも一緒でなくてはいけません。
 私達は皆の命を背負って、生き残ったんです。
 だから、それに報いる為には無事に私達が全員で帰還する事が絶対条件――――。
 雪風ちゃんもそれを理解してくれたのか、ゆっくりと顔を上げて頷きます。
 そう――――何としても、皆で絶対に戻るんです。
 『生きて帰る事を躊躇ってはならない』矢矧さんの最後の言葉に殉じる事こそが此処で眠りに就いた皆に報いる事なのですから――――。
















「ん……」

 また、あの時の夢を見ていました。
 艤装の記憶が私に見せるあの坊ノ岬の時の夢を。
 今日は4月20日――――駆逐艦、初霜の艦上で第二水雷戦隊が解散した日です。
 第二水雷戦隊最後の出撃となった坊ノ岬の夢を見るのは当然の事かもしれません。

「おはようございます。その様子だと初霜ちゃんもあの時の夢を見ていたんですね」

「ええ。雪風ちゃんもそうみたいね。少し目が赤くなっています」

「御互い様ですよ、初霜ちゃん」

「ふふっ……そうですね」

 私があの時の夢を見たように雪風ちゃんも同じ夢を見ていて。
 同じ思いと出来事を共有している雪風ちゃんだから御互い様、と言う事が出来ます。
 あの時、一緒だった涼月さんと冬月さんはまだ居ないけれど……。
 私達がこうして初霜と雪風の艤装を身に付けた艦娘として一緒に居るのはあの時の縁があるからで。
 この事は艤装の持つ悲しい記憶だけど、私達を惹きあわせてくれた事には本当に運命的なものを感じます。
   初霜と雪風の縁が今も尚、ずっと続いているのだと思うと悲しい記憶であってもぎゅっ……と抱き締めたくなっちゃいます。

「さて、昨日は榛名さんの大切な日でしたが、今日は私達の大切な日です。そろそろ準備をして行きましょう」

「ですね。今日も私達にとっては外せない日です。このまま寝ている訳にはいきませんね」

 でも、このまま雪風ちゃんとのんびりしていては何も出来ずに一日が終わってしまいます。
 昨日の榛名さんの御祝いを霞ちゃんと早めに切り上げてきたのも今日を大切に過ごしたいと思ったからですし。
 私達も早く準備して行かなくては。
 今日と言うこの日は私達、第二水雷戦隊の日。
 また新しい思い出が出来るように大切な日を過ごしましょう――――。
















「おはよう、2人共。今日は珍しく遅いんじゃない?」

 雪風ちゃんと準備をして、広間に出ると其処に居たのは矢矧さん。
 一応は準備を終えてすぐに出てきたのですが、時間としては普段よりも遅いくらいで。
 もしかしたら、朝霜さんが起き出してくる時間に近いかもしれません。

「おはようございます! 矢矧さん!」

「おはようございます」

 矢矧さんの方から声をかけられて私達も朝の挨拶をしますが、あの時の夢を見たからか矢矧さんの姿を見ると少しだけ……悲しいような寂しいような気がします。
 今日はあの時に出撃した二水戦の中で生き残った私と雪風ちゃん……それと出撃はせずに残っていた響ちゃんと潮ちゃんに関わる日。
 だけど、矢矧さんの最後の言葉が無ければ、私達はきっとこの日を迎えられていない。
 そのままあの場所を目指そうとして、道中で力尽きていた可能性だってある。
 艤装の記憶は確かに私と雪風ちゃんにそう告げています。
 矢矧さんからの最後の言葉はそれ程までに深く、私達の心に残るものだったのです。

「……初霜、雪風。もしかして、あの時の夢でも見た?」

 私達の顔を覗き込みながら私達の様子に気が付く矢矧さん。
 そういえば、顔はちゃんと洗ったけど……赤くなった目はまだ治っていなかったかも。
 あの時に関わる夢を見る度、私と雪風ちゃんは残された側なので何時も寂しさを感じています。
 形としては乗り越えているけれど寂しいと思うのはやっぱり本心ですし……これは仕方がありません。

「はい。あの時の矢矧さんの最後の言葉に関わる夢を……」

「私も初霜ちゃんと同じです」

「そう……」

 私と雪風ちゃんの様子から何かを感じたのか矢矧さんは少し考え込みます。
 矢矧さんもあの時の事については思う事があるのは間違いありません。
 少し考えた後、矢矧さんは軽く微笑んで私達の頭の上に軽く手を置きます。

「私の艤装は初霜と雪風のその後を知らないみたいだけど……ちゃんと2人に言葉が届いた事は喜んでるわ。私達の最期を伝えてくれて有り難うって」

「矢矧さん……」

 私達を優しく撫でながら御礼を言う矢矧さん。
 大和さんを守ろうとして沈んだ矢矧さんは艤装の記憶だとその後の私達の事を知る事は出来ません。
 ですが、艦娘ではない矢矧さん今の時代の人間であり、過去の戦いの事を知っています。
 恐らく矢矧さんが自分の艤装にその後の事を伝えたから嘗ての記憶持つ艤装からも御礼の言葉を受け取ったのでしょう。

「だから、その艤装を受け継ぐ貴方達がそんな顔したら駄目よ? 私も大和も他の皆もちゃんと解ってる。勿論、私達の艤装も、ね」

 そう言って矢矧さんは優しく微笑みます。
 最後の言葉を聞き届けて、嘗ての初霜と雪風が生き残り、皆さんの最期を伝えた事。
 その事は奇跡的であるけれど、それがあったからこそ今の記憶が伝わっていて。
 矢矧さんが解ってる、と言ってくれたのは私達の心情を察してくれているから――――。

「さぁ、そろそろ気持ちを切り替えて行くわよ! 今日は私達『華の二水戦の日』なんだから、最後まで頑張っていきましょう?」

「「はいっ!」」

 そんな矢矧さんのおかげで私と雪風ちゃんもすっかり落ち着きました。
 着任して以来、矢矧さんとあの時の最後の言葉については一度も聞く事は出来なかったけど……。
 こうして矢矧さんの口から答えを貰えたのが凄く嬉しくて。
 2人で乗り越えたものを他の人達も理解してくれている事はどれだけ幸せな事なのでしょう。
 私達の艤装の想いが今でも繋がっている事に本当に感謝です――――。
 矢矧さんの言う通り、今日は『華の二水戦の日』。
 各鎮守府に所属する第二水雷戦隊の艦娘達が一堂に会する大切な日です。
 この日に何時までも暗い表情をしている訳にはいきません。
 此処からは切り替えていきませんと――――!
















「本日は存分に鍛え上げた練度を披露する機会です。各鎮守府所属の皆さん、全力を尽くして頑張りましょう」

 私達とは違う鎮守府に所属する神通さんの挨拶から始まったこの日。
 『華の二水戦』が解散した日であると言う事で各鎮守府に所属している嘗ての大戦時に第二水雷戦隊に所属した事のある艤装を持つ艦娘だけが参加出来る合同演習の日です。
 御互いに高めた練度を披露したり、演習を行ったり、違う鎮守府の娘と訓練したりすると言う……正に私達のための日。
 解散式もあったこの日に行うのは華と呼ばれた第二水雷戦隊に対する餞の意味を込めての事なのだとか。
 嘗ての終わりの日に新たに艦娘となった私達がこうして皆で集まる……正にその通りとも言える日なのです。





「初霜!」

「長良さん!」

 他の鎮守府の艦娘と一緒に訓練をすると言う事で私に早速、声をかけてきてくれたのは長良さん。
 長良さんは私……初霜の起工日記念に御祝いに駆けつけてくれた秋月さんと同じ鎮守府に所属する方です。
 艤装の記憶でも初霜と長良にはケンダリー攻略作戦の時に縁があり、一時的に初霜が旗艦代行を務めた事もある経緯もあります。
 勿論、艦娘である私自身も長良さんには御世話になっていますので御会いする機会がある時は良く一緒に過ごす事も多いんです。
 私と長良さんは何時もやっている挨拶であるハイタッチを交わします。

「元気そうね、良かった。今日は演習含め、私達の所属してる鎮守府と一緒になってるみたいだから宜しくね」

「はいっ!」

 今日は長良さん達の所属する鎮守府と一緒だなんて……嬉しいです!
 長良さん達が所属する鎮守府は1944年7月〜1945年3月末までに沈んだ艦の艤装を持つ艦娘が所属する鎮守府。
 あのレイテ沖海戦を挟んでいる事もあって、私達の所属する鎮守府と比べても多くの艦娘が在籍している大規模の所なんです。
 
「えへへ……朝霜ちゃん。やっと一緒に参加出来るね。それに天津風も久し振り」

  「だな。悪いな、随分と遅くなって」

「そうね。久し振り島風。長波とは上手くやってるかしら?」

「うんっ! だよね? 長波ちゃん?」

「まぁね。あたしの方もだけど、朝霜の方も上手くやってるみたいだな」

「ああ、霞達の御蔭でな。……姉貴に言われるまでもないよ」

「ふんっ……当然なんだから」

 霞ちゃんと朝霜さんと天津風さんと御話しているのは島風さんに長波さん。
 それぞれに所属する艦娘達の事もあって私達の鎮守府とは仲の良い娘が多いんです。
 長良さんの後に第二水雷戦隊旗艦になった能代さんや霞ちゃんと長く一緒に闘ってきた不知火さんや他にも沢山。
 割と最近に着任した朝霜さんと仲が良い娘も多く、私も嬉しいです!

「能代姉、久し振りね。其方はどう?」

「長良さんには良くして貰ってるし、私は大丈夫。矢矧こそ、五十鈴さんや大和さんと仲良く出来てる?」

「ええ。毎日、楽しくさせて貰ってるわ」

「そう……良かった」

 駆逐艦の娘達が話をしている隣で会話を始めたのは矢矧さんと能代さんの姉妹。
 私も能代さんとは初めて会うのですが、矢矧さんと同じようにとても真面目そう。
 雰囲気こそ違いますが、何処となく似ているような気がするのはやっぱり姉妹だからでしょうか。
 和やかな感じで一緒に訓練をする事になった私達。
 これなら今日も楽しくやれそうです。
 私にとっては第二次改装を受けて以来の初めての『二水戦の日』。
 今日は最後まで気力、振り絞って、参ります!
















「アンタ達、準備は良い? 相手は時雨に長波に島風と強敵よ」

 お昼は大和さんが準備してくれた重箱のお弁当を皆で食べてしっかりと英気を養い、午後からはいよいよ本番である演習の時間です。
 私達、駆逐艦の艦娘が主となって互いの練度を披露しあう演習は二水戦の日の最大のイベント。
 それだけに相手となる鎮守府の娘達も含め、双方ともに気力は充実しています。
 私達の鎮守府は私、霞ちゃん、雪風ちゃん、潮ちゃん、響ちゃん……そして天津風さんが今回のメンバー。
 相手の鎮守府のメンバーは時雨さん、不知火さん、浦風さん、長波さん、清霜さん、島風さん。
 私の知る限りでも間違いなく練度の高い艦娘達です。
 霞ちゃんの言う通り、相手にするとなると強敵なのは間違いありません。

「ええ、大丈夫よ。……島風の相手は私に任せて。あの娘の癖なら私が一番、良く知ってるわ」

 静かに闘志を燃やしているのは天津風さん。
 次世代型の駆逐艦である島風さんの艤装の機関のテストヘッドを務めていた天津風の艤装を持つ事もあってか、自分から相手を名乗り出ます。
 確かに私達の鎮守府にあの高速に追従出来る娘は誰も居ません。
 となると、癖を知り尽くしている天津風さんが対抗するには適していると言う事になります。
 天津風さんの申し出に反対する理由なんてありません。

「時雨さんは私が相手をします! 『佐世保の時雨』が相手なら『呉の雪風』が適任です!」

 彼方の鎮守府で唯一、第二次改装を終えている駆逐艦娘である時雨さんの相手を申し出たのは雪風ちゃん。
 嘗ては『佐世保の時雨』とまで呼ばれた幸運艦の艤装を持つ時雨さんは練度もさる事ながら信じられないような幸運の持ち主。
 その部分に関しては私と雪風ちゃんも決して負けませんが……。
『呉の雪風』と並び評された艤装を持つ雪風ちゃんなら正面から相手をしても引けは取りません。

「それだったら、浦風さんと清霜さんの相手は私と響ちゃんですね」

「うん、そうだね。潮ちゃん。彼処で応援してくれている暁達や曙ちゃん達のためにも良いところを見せたいからね」

 残る浦風さんと清霜さんの相手を申し出たのは潮ちゃんと響ちゃん。
 大人しい2人が今回の演習に参加したのは観客として来てくれている元、第6駆逐隊の娘達と第7駆逐隊の皆のため。
 私と同じく最後の第二水雷戦隊のメンバーであり、共に第二次改装を終えた2人。
 艤装が遂に本来の実力を発揮出来る状態になったと言う点は私達全員の共通点です。

「潮っ! アンタが私達のエースなんだから……! 思い切っていけっ!」

「頑張りなさいよ、響! 私達が見ててあげるから!」

 曙ちゃん達と暁ちゃん達の声援が私達の所にも届きます。
 第6駆逐隊と第7駆逐隊の皆さんは第一水雷戦隊に所属していた頃の僚艦で私とも何かと縁の深い娘達です。
 曙ちゃんは嘗ての戦いよりも前の頃に第二水雷戦隊に所属していた娘で末期に所属した私とは此方に関しては同じ所属になった事はありません。
 あくまで『彼の戦い』の時に第二水雷戦隊に所属していた娘達が参加と言う事なので曙ちゃんは見学なんです……。
 でも、御互いの艤装に嘗ての縁があるからこそ私達の晴れ舞台を一目見ようと駆けつけてくれました。
 そのためか、自分達の所属鎮守府よりも縁の深い私達を応援してくれています。

「初霜さん! 涼月達の分まで、この秋月が応援させて頂きます!」

「秋月さん……!」

 更には秋月さんまで私達を応援してくれます。
 まだ着任していない涼月さんと冬月さんも最後の第二水雷戦隊のメンバーでしたから秋月さんはその分も合わせてエールを送ってくれているのでしょう。
 起工日に初めて会ったばかりなのに此処まで応援してくれるなんて……本当に嬉しいです。

「皆、気合も充分ね。不知火の相手は私がするから……初霜は長波を御願い」

「……解りました」

 最終的に私が相手をするのは長波さんで霞ちゃんが不知火さん。
 私は少し形は違うのですが……御互い縁の深い相手でもあります。
 特に霞ちゃんの方は長く共に戦った艦同士の艤装の持ち主と言う事で不知火さんを相手に選んだのでしょう。
 私の方は長波さんと縁がある訳では無いのですが……キスカで所属は違うとはいえ、任務を共にした事があります。
 嘗ての戦いで最も長く第二水雷戦隊に在籍した長波さんの艤装と最後の第二水雷戦隊旗艦を務めた私の艤装とは因縁のようなものがあります。
 何れにせよ、全力を尽くして挑むのみです。
 他の鎮守府の皆さんも応援してくれている以上……負けられません――――!
















「へぇ……面白い組み合わせね。中々、良い勝負してるとは思わない、矢矧?」

「ええ、そうね……。確かに御互いに縁のある娘達同士であたっているみたいだし……五十鈴さんは今回の演習でカギを握るのは誰だと思うの?」

「私は初霜と長波だと思うわ。二水戦の最後の旗艦である初霜と旗艦経験と嘗ての戦いで最も長く二水戦に所属した長波。面白い対比だわ」

「成る程……」

 午後の演習で私の所属する鎮守府と能代姉の所属する鎮守府の駆逐艦の艦娘同士が対戦すると言う事で私、矢矧は先輩の五十鈴さんに意見を聞きながら見学している。
 確かに五十鈴さんの言う通り、初霜と長波の対比は面白いと思う。
 御互いに第二水雷戦隊に所属していた間柄ではあるけれど、2人が同じ時期に所属した事は一度もない。
 初霜は私が旗艦を務める末期の時の所属で長波は長良さんや五十鈴さんや神通さん、それに能代姉が旗艦を務めていた時の所属。
 長波が二水戦の申し子とも言われるのに対して、初霜は一水戦の申し子とも言うべき存在なのも対照的。
 五十鈴さんの言う通り、面白い対比だと言うのは本当かもしれない。

「あ……天津風が島風を大破判定に追い込んだみたい。流石にクセを知り尽くしてるのは大きいわね」

「島風は速いけど、単調になりがちな部分があるから……かしら?」

「そうね。私も矢矧も島風との縁は無いけれど、試作型とも言えた天津風ならちゃんと読み切れると言ったところね。自分から立候補しただけはあるわ」

 暫く、演習の様子を眺めながら見ていると天津風が島風を大破判定に追い込んで決着を付けていた。
 駆逐艦の艦娘の中でも新鋭で最高速の艤装が特徴である島風だけど……その分で癖も強い。
 天津風はバランスが良い事が特徴の陽炎型だけど、機関は島風のテストタイプで癖の傾向を熟知している。
 だから、島風がどの頃合いで加速してくるかを理解していて、同じ第二水雷戦隊の所属だった事で砲雷撃戦のいろはも同じ。
 2人の対戦は結果的に冷静な判断力を持つ天津風に軍配が上がった事になる。

「……大体、他の娘も決着が付き始めたみたいね」

「ええ……練度に開きがあると言うよりは純粋に力を引き出す術を理解している方が勝っている感じ。特に霞の動きは凄いと思う」

「不知火とは御互いを知り尽くしてるだけあって、殆ど互角だけど……霞はもっと深いところまで艤装の力を引き出している感じね」

「……潮と響もそう。特型で唯一、最後まで残っていた艤装同士と言う御互いが背中合わせの関係だから存分に力を発揮してる」

 天津風と島風以外の娘達の対戦も徐々に決着が付き始めている。
 霞と不知火、潮と清霜、響と浦風のそれぞれが練度とは関係のない差の部分で勝敗が分かれていると言う感じ。
 特に霞は矢矧が旗艦を務めていた頃の実戦部隊の大半を請け負っていた事もあって動きが歴然としている。
 砲撃、雷撃の頃合いの見極めや、肉薄するタイミングの思い切りの良さは初霜と雪風にも引けを取らない。
 第二次改装を終えていないとは言え、そのキレのある動きは私も見習わないといけないと思う。
 潮と響は特型で最後まで残っていた艤装の兼ね合いから御互いの同調が目覚しく、連携に隙がない。
 浦風と清霜も同じ所属で、艤装の特徴も近い陽炎型と夕雲型だから悪くは無いのだけど……。
 第二次改装を受けている潮と響に対しては艤装と経験の差の分で後れを取ってしまっている。
 能代姉の鎮守府は重巡の艦娘が多く、練度が高いのも其方に偏っているので駆逐艦の艦娘の練度は私の所属している鎮守府に比べると一歩下がるのは否めない。
 そのため、突出して練度の高い時雨と長波や高性能の艤装を持つ島風達に頼らざるを得ないのも無理はないのかも。

「残るは初霜と長波に雪風と時雨の組み合わせね。向こうもそろそろかしら?」

「ええ。五十鈴さんの言う通りね。多分、当人同士もそう思ってるみたいよ?」

「……確かにそうね。一度、仕切り直してるみたいだわ」

 残ったメンバーが初霜と雪風、長波と時雨だけになったと言う事で一度、中断して作戦を練り直しているみたい。
 此処からは純粋にコンビ戦で挑むと言うと言う事なのかしら?
 何れにせよ、演習も既に大詰め……夜戦の時間までは行わない以上、決着は此処でつけるしかない。
 初霜と雪風は一体、何を話してるのかしらね……。
















「……完敗です、霞」

「アンタも強かったわよ、不知火」

 演習の勝敗がはっきりした所で私……霞はさっきまで相手をしていた不知火に手を差し伸べる。
 御互いに勝手知ったる間柄だからか、本当に不知火との撃ち合いは決着が中々つかなかった。
 差を分けたのは何処まで艤装の力を引き出した分の差の分だろうと私は思う。
 基本的に朝潮型と陽炎型の艤装に極端な大きな開きは無い。
 第二次改装でも終えれば個別に差も出るのだろうけど……生憎、私達はまだ第二次改装を終えてはいなかった。
 だから、残る差は艤装の持つ記憶やその力を限界まで引き出せるか否か。
 私と不知火の艤装の持つ戦歴は殆ど同じではあるけれど、霞の方には決定的な差が複数ある。
 結果の差としてはその分を私が引き出したに過ぎない。

「痛たぁ……随分と腕を上げたなぁ……2人とも」

「潮ちゃんと組んでいる以上、負けられないさ。それに……暁達が見ててくれる前だから良いところを見せようと思っただけだよ」

「む〜……私も頑張ったつもりだったんだけどなぁ……」

「清霜さんも浦風さんも流石でしたよ。私のパートナーが響ちゃんじゃなかったら解らなかったと思います」

「……相変わらず、仲が良いんやなぁ。こりゃ……うちらの完敗かな」

 響と潮の方は特型と陽炎型、夕雲型と言うハンデがあったけれど第二次改装と連携の巧さで見事に勝敗を決めていた。
 2人は最後まで残った唯一の特型の艤装と言う事もあるのか同じ戦場に居ると同調するのが非常に上手い。
 一言、二言だけの言葉や目線を交わすだけで意思疎通が叶う程の連携は初霜と雪風と同じような感じで私と初霜が組んだ場合でも同じような事が出来る。
 艤装の大元になった艦の深い結びつきとそれを引き出す艦娘の巫女としての力を何処まで引き出せるかが結果の差になっただと思う。
 実際、艦娘になる以前の訓練校では私達4人に極端な差があったワケじゃないし……。

「うぅ〜……速いだけじゃ駄目なのかなぁ……」

「そうよ、島風。貴方は攻め方が単調すぎるの。そんなんじゃ私には何時まで経っても勝てないわよ? 能代さんにちゃんと鍛えて貰いなさないな」

「は〜い……」

 逆に艤装自体の性能に大きな差があったのが天津風と島風。
 陽炎型の艤装に島風のテストヘッドとしての役割を持たせた天津風と完成された駆逐艦である島風では大きな開きがある。
 駆逐艦の武器である速度も雷装も島風は特別製で唯1人しか持っていない程、特筆されたものを持っている。
 その分、1対1ともなれば力押し出来てしまうと言う欠点を天津風は良く見ていた。
 終始に渡って島風にペースを握らせなかったのは天津風の巧い部分。
 強引な相手に緩急を付けて、辛抱強く応戦する――――せっかちな島風の性格も合わせて熟知した戦い方。
 雪風とはまた違う発想力のある天津風ならではと言ったところだろうと私は思う。

「さて……後を残すのはアンタ達だけよ。初霜、雪風――――頑張りなさいな」

 私達の演習が終わり残っているのは初霜と雪風。
 相手は時雨と長波で2人とも向こうの鎮守府では最高練度の艦娘。
 艤装の記憶が持つ戦歴に関しても申し分無いし、力を引き出す事が出来るか否かについても互いの差は見当たらない。
 カギを握るのは天性の感覚を持つ、初霜と雪風次第だろうけど……これは私でもどうなるかは解らない。
 後は2人の頑張り次第ね――――!
















「初霜ちゃん……」

「ええ、残るは私達だけです」

 霞ちゃん達を含め、私と雪風ちゃんを除いた全員の演習が終わったところで一度、一息挟ませて貰っています。
 時雨さんも長波さんも本当に一筋縄ではいかない相手で、現状では決着がつきそうにありません。
 霞ちゃんにも引けを取らない長波さんに私と同じく第二次改装を終えた時雨さん。
 幸いにして、私の艤装の記憶には第一水雷戦隊の時の事があるため、時雨さんを相手に立ち回る事は出来ます。
 ですが、長波さんに関しての記憶は殆どなく、其方に関しては雪風ちゃんの方がまだ有利です。
 艦の立場としての関係と滅多にない機会と言う事で私が長波さんの相手をしていましたが……。

「雪風ちゃんと一緒に2対2での形にする事にして貰えた以上、負けはありません。勝ちに行きますよ……!」

「はいっ!」

 2対2での相手となれば私と雪風ちゃんのコンビは絶対に負けないと言う自負があります。
 私達自身も艤装の持つ記憶も深い繋がりのある私と雪風ちゃんならどんな困難だって乗り越えられるんですから……!
 例え、時雨さんと長波さんが歴戦の高練度の駆逐艦娘だって引けを取るつもりはありません。
 後は最後まで気力、振り絞って、行くだけです!





「長波、行くよ」

「ああ……!」

 一度、仕切り直して2対2の形で演習が再開されます。
 互いに2人だけである以上、陣形は意味を成しません。
 純粋に連携と個人の練度がものを言う純粋な力勝負と言ったところです。

「初霜ちゃん! タイミングは任せますよ!」

「ええ! 任せて!」

 時雨さんと長波さんが動いたのを見て、私達も示し合わせるように動き始めます。
 旗艦を担当する私が雪風ちゃんの後ろに続く形で徐々に速度を上げていきます。

「時雨、逆落しで来たぞ……!」

「解った。僕達も行くよ!」

 私達の動きで逆落しである事に気付いた時雨さんと長波さんが動き始めました。
 2対2での逆落しは有効な戦術と言うよりはすれ違いざまに反航戦で応戦する事を目的として行うもの。
   ギリギリのチキンレースとも言うべき形になるのですが、時雨さん達が応じてきてくれた此処までは思惑通りです。
   加速して一気に突撃する上、雪風ちゃんの持つ探照灯で目晦ましが出来る私達の装備なら1対1の場合、ほぼ大破判定にまで追い込めます。
 連携には連携と言う事で時雨さんと長波さんは対処してきたのだと思いますが……此処は落ち着いて対処をするだけ。
 ギリギリまで引き付けて勝負をかけます。

「雪風ちゃん!」

「はいっ!」

 距離が一気に詰まり、すれ違う寸前のところで私の合図にあわせて雪風ちゃんが探照灯を照射します。
 狙うタイミングは時雨さんと長波さんが砲撃と雷撃の準備を行うその瞬間。
 昼戦において探照灯はそれほど役に立つ装備ではありませんが……目晦ましに使う分には充分な光源があります。
 雪風ちゃんは航空機の迎撃に探照灯による目晦ましを行う等の工夫を凝らす戦い方を得意とし、意表を突くのが巧い。
 今回の演習でも探照灯を取り外さなかった事に疑問を持っていた娘も多いとは思いますが……。
 私と組む時は殆ど欠かさず準備をしてくれています。
 元から初霜の艤装は性能で劣るため、艤装との同調と力を引き出す術を駆使して戦う私に雪風ちゃんは常に最適な方法を考えているそうで。
 相手が時雨さん、長波さんともなれば真正面から戦えば私の方が撃ち負けてしまう。
 だから、雪風ちゃんは電探や熟練見張員を準備するよりも探照灯を選んでくれたのです。
 時間帯の都合もあって昼の砲雷撃戦だけで終わる事が解っているにも関わらずに。
 ちょっとした工夫と発想を駆使すれば実力が拮抗している相手にだって決して負けません……!

「しまっ……!?」

「長波さん! これで御仕舞いです――――!」

 雪風ちゃんからの探照灯の照射を受けて僅かに視線が逸れた長波さんのその隙を見抜いた私は発射準備を済ませていた10cm連装高角砲と61cm三連装酸素魚雷を向けます。
 これで、長波さんを大破に追い込めば私達の勝ちは揺るぎません。

「初霜……そうはさせない!」

 ですが、探照灯による目晦ましを予測していたのかそれを避けていた時雨さんが私に肉薄しようとしてきます。
 時雨さんの12.7cm連装高角砲の銃口が私に向けられます。
 既に長波さんに対する砲撃を開始しようとしている私の体勢の隙を突いた時雨さんの読みの良さは流石です。

「雪風ちゃん!」

「はい、任されました!」

 ですが、私には絶対的なパートナーである雪風ちゃんが居ます。
 時雨さんなら探照灯の照射を容易に凌いでくるだろうと踏んでいた私は雪風ちゃんに相手を委ねます。
 元から一言だけでも、視線を交わすだけでも意思疎通が出来る私達です。
 照射後からの動きも既に示し合わせていたかのように雪風ちゃんが側面から時雨さんを砲撃し、魚雷の発射準備を終了させます。

「……雪風!」

「時雨さん! やらせませんよ……! 初霜ちゃん!」

「ええ、有り難う雪風ちゃん!」

 時雨さんが僅かにでも動けば即射撃を行える体勢で牽制する雪風ちゃん。
 私に出来る一瞬の隙を完全にフォロー出来るのも雪風ちゃんならではの芸当で他の娘だと霞ちゃんくらいしかそれに合わせられない。
 長波さんの動きを僅かに止めた上で時雨さんを牽制して抑え込む――――。
 雪風ちゃんが背中合わせで居てくれるからこそ出来る私達ならではのコンビネーションです。

「私達の――――勝ちです!」

 時雨さんも長波さんも反撃に転じられない状況に追い込まれた以上、結果は明らかです。
 流石にこうなってしまってはどうする事も出来ません。
 時雨さんと長波さんが御手上げである事を認め――――こうして演習は終了しました。
 第二次改装を終えた艤装を持つ艦娘が多かった私達の方が有利だったとはいえ、決して楽では無かったです。
 2人を出し抜けるかどうかは正直な部分、賭けに近いものがありましたし、時雨さんの動きを抑えられるかは全て雪風ちゃんに掛かっていました。
 結果的には戦術的勝利と言ったところでしょうか――――。
















「お疲れ様、初霜、雪風。アンタ達の連携凄かったわよ?」

「有り難うございます! 霞ちゃん」

 結果的に戦術的勝利で演習が終わり、最後に戻ってきた初霜と雪風に私はタオルを放り渡す。
 流石にギリギリの勝負を演じてきただけあって2人とも揃って汗がぐっしょり。
 着替えの準備もしてあるはずだから、後は閉会までに着替えれば良いのだけど。

「2人とも流石だね。私達も負けてられないと思わせてくれる内容だったよ」

「そうですね、響ちゃん。これは私達も頑張らないと」

 響も潮も初霜と雪風の連携には感じ入るものがあったみたい。
 確かに私も連携に関しては出来る自信はあるけれど、雪風のような形では恐らく出来ない。
 2人もそれを感じ取っているから今の初霜達の戦いぶりに触発されるものがあったんだろうと思う。
 特型で最後まで残っていた艤装を扱っている2人だから、それは尚更。
 嘗ては第一水雷戦隊に属していたのも私と初霜と潮と響の共通点だ。
 もっと頑張りたいと思うその気持ちは良く解る。

「御疲れ様、雪風。もう、すっかり初霜に取られちゃったわね」

「天津風さん……」

「ふふっ……冗談よ。雪風は私の姉でもあるんだから」

 優しく微笑む天津風だけど、彼女も何処かで置いて行かれてしまったように感じたのかもしれない。
 時雨と長波を相手にして一歩も退かなかった事もだけど、それ以上に誰も間には入れないような何かを初霜と雪風からは感じる。
 それが何なのかは私の艤装の記憶からは解らない。
 唯、はっきりしている事はあの2人だけがあの時の『最後の言葉』通りの結末を迎えていると言う事。
 決して契れる事の無い絆で結ばれた2人の縁はきっと姉妹艦よりも強い結び付きがあるのだろう。
 天津風が少し寂しそうにしているのは一緒に演習に参加してみてそう感じたからじゃないかしら?
 正直、こんな事を考えるなんて私らしくない。
 だけど……つい、そう考えてしまうのは今日が第二水雷戦隊が解散したその日だからなのかもしれないわね。
 この日を迎えた艦娘は未着任の娘を除くと初霜、雪風、潮、響しか居ないんだから――――。
















「皆さん、本日は御疲れ様でした。各々の鎮守府の皆さんの練度を存分に拝見する事が出来て嬉しいです」

 この日の全ての項目が終わって閉会の司会をする神通さん。
 嘗ては華の二水戦と呼ばれた第二水雷戦隊旗艦と言えば……神通さんの事を言うのだから開幕と閉会の司会を担当するのも当然だと思う。

「恥ずかしがり屋だった神通もすっかり貫禄がついたわね。第二次改装も終えて、ケッコンもしてるからかしら」

 五十鈴さんは満足そうに神通さんの司会ぶりを褒めている。
 時折、神通さんに代わって二水戦を率いていた五十鈴さんにも司会をする資格はあるのだろうけど……良く「後任に譲った身」だと言っている。

「ま、神通に能代に矢矧に、と頼もしい後輩が居て私も嬉しいわ。次の司会はもしかすると矢矧に話がくるかもね」

「……私なんかまだまだよ、五十鈴さん」

「どうかしら? 矢矧の努力は私が一番、知ってるつもりよ。もっと自信を持ったって良い。それは私が保証する」

「い、五十鈴さんっ!」

 五十鈴さんの言葉が恥ずかしくて私は思わず声を張り上げてしまう。
 幸いにして周囲にはそれほど聞こえなかったから良いけど……。
 時折、こうして私の事を引き立ててくれる五十鈴さんには本当に吃驚する。
 五十鈴さん自身だって凄いのに素でコレを言っているのだから、ついどきどきしてしまう。
 敬愛する大和とは違った形で尊敬する五十鈴さんが相手だからこそ、こうなのかもしれない。

「全く……本当の事なんだから、もっと喜んだって良いのに。それに今日の最後の言葉を担当する初霜と雪風は矢矧が推薦したんでしょ?」

「あ、はい……」

「だったら、矢矧自身もちゃんとする事よ。あの娘の言葉を聞いてあげないと」

「……そうですね」

 確かに五十鈴さんの言う通り。
 私がこんな事ばかり考えていたら今日の締め括りを行う初霜と雪風に顔向け出来ない。
 この日に坊ノ岬のあの夢を見たって言う2人を諭した事が何の意味も無くなってしまう。
 本当は2人だって「私達にそんな資格は無い」だなんて言っていたけど……それを説得したのは私なのだから。
 こうして、あの娘達を促したのは艤装が持つ嘗ての戦いから記憶の事も含めれば2回目になる。
 初霜が雪風と一緒に立つようになった今、私に出来る事はそれを見届けてあげる事なのだから。
 『華の二水戦』の締め括った貴方達の言葉……しっかりと心に刻ませて貰うわ――――!
















 ――――本日、この場に集まった第二水雷戦隊の皆さん。

 ――――深海棲艦との戦いはこれからもまだまだ続く事になるでしょう。

 ――――何時か、静かな海にと言う目標の下に一丸となって戦っている事かと思います。

 ――――ですが……自分の命を捨ててまでそれを行う事は決してしないで下さい。

 ――――嘗て私、雪風と初霜はある言葉を聞きました。

 ――――『生きて帰る事を躊躇ってはならない』

 ――――如何に困難な事があっても、この事を心に留めおいて欲しいと思います。

 ――――私達、皆で暁の水平線に勝利を刻む事……それが一番、大切な事なのです。

 ――――だから、皆さんも最後まで、気力、振り絞って、参りましょう!





 4月20日――――第二水雷戦隊所属 初霜、雪風





























 From FIN  2015/5/25



 戻る