――――1945年4月7日
坊ノ岬沖海戦のあったこの日は大和さん、矢矧さん、私、霞ちゃん、雪風ちゃん、磯風さん、浜風さん、朝霜さん――――。
そして、今はまだ着任していない涼月さん、冬月さんにとって色々と思う事がある日。
艦娘である私達自身に関係があると言う訳ではありませんが、この坊ノ岬に参加した艦の艤装を身に付ける私達はその記憶と想いを背負っています。
『一億総特攻の魁』となれ、と言われた彼の作戦は大きな意味もない面子を施すためだけに行われようとしていた作戦です。
今でも私達は艤装の記憶でこの時の夢を見る事がありますが、皆がそれぞれで乗り越えて。
まだまだ何処か引きずっているところもあるけれど……あの時の縁はとても大切なもの。
過去の戦争で艦として戦ってきた娘達も今は艤装と言う形で今に蘇り……私達がそれに同調する事で艦娘として再会を果たす事が出来ています。
皆が同じ鎮守府に所属しているのも嘗ての縁があるからのものですし、この鎮守府はそういった場所。
此処に属している皆さんは1945年の4月の段階の事を知る艤装を持つ艦娘だけしか居ないんです。
だから、私も霞ちゃんも響ちゃんも潮ちゃんも朝霜さんも皆が姉妹でたった一人。
他にも榛名さん、高雄さん、五十鈴さん、北上さんといった人達も多くの姉妹と別れてしまっています。
少しだけ寂しくもあるのですが、この鎮守府はそういう場所なんです。
あの日の時点ぁら終戦までの期間に健在だった艦だけが所属する小さな鎮守府……それが私の居る鎮守府の実態なんです。
それもあるのか、所属する皆が4月7日のその日には思う事あるのか思い思いに過ごしています。
だからこそ、私も今日はあの岬でずっと水平線の向こう側を見つめていよう、と思っていたのですが――――。
今はあの時を共にした皆でお花見をしています。
勿論、あの戦いを経験した私達全員で――――。
「お花見をしましょう!」
今日の出来事が始まったのは大和さんのこんな一声から。
皆さんも静かに過ごしたいと思っているのかと思っていたので、これは正直以外でした。
私はあの時の事については同じ思いを共有する雪風ちゃんを誘ってあの岬に行こうと思っていたのですが……。
大和さんから話を切り出してきたのには少し吃驚しました。
「花見? 良いわね。朝霜も着任したし……そういうのも良いかもね」
これには矢矧さんも意外と乗り気みたいで……唐突な大和さんの意見に賛同しています。
比較的、諌める側に居る矢矧さんが何も言わないのは珍しい事なのです。
「そうね……大和と矢矧がそう言うのなら、私は何も言わないわ。折角だし、良いお花見にしましょ」
大和さんと矢矧さんがそう言った以上、霞ちゃんも頷きます。
今日のこの日を着任している8人で花を見ながら迎えると言うのには霞ちゃんにも思うところがあるのかもしれない。
確かに艤装の記憶から齎される光景の中には満開の桜が咲き誇っていた記憶があります。
最後の戦いに赴く際に私達が見ていたあの満開の桜はとても美しくて。
散る桜のように最期を迎える事になるのかな……と思えます。
事実、あの時に残ったのはこの場に居ない涼月さんと冬月さんを除くと私と雪風ちゃんだけ。
もう一度、桜を見る事が出来たのは私達だけだったんです。
それだけに皆さんも桜には思うところが色々とあるのでは、と思っていたのですけど……。
「私も嫌いじゃない。となれば早速、準備をしなくては……」
「……駄目ですよ、磯風はこっちです」
「むぅ……たまには私も大和達を手伝いたいのだが……」
「そうしたいなら、まずは私の出した御題を全て完璧に出来るようになってから言って下さい。……天津風にもしっかりと念を押されているんですから」
「ぐぬぬ……」
考える私とは裏腹に皆さんは既に花見に思いを馳せていて。
料理の準備をしようとしている大和さん達を手伝おうとする磯風さんは早速、浜風さんに止められています。
この場には居ない天津風さんにまで念を押されていると言う事は相変わらず磯風さんの料理に関する事は改善していないみたいです。
ごめんなさい、浜風さん……私では力にはなれません。
「んで、初霜と雪風はどうする? あたいも大和の提案に乗るつもりだけど」
「初霜ちゃん……」
申し訳無いと心の中で謝りつつ皆さんの様子を見ている私の顔を朝霜さんと雪風ちゃんが覗き込んできます。
さっぱりとした性格の朝霜さんはお花見には乗り気で、私と同じ思いを共有する雪風ちゃんは少し考え込むような表情です。
確かに此処に居る皆の中で4月7日のこの日を最後まで乗り切ったのは私と雪風ちゃんだけ。
だからこそ、2人で艤装の記憶を思い出しながらあの場所で2人きりで過ごそうと考えていました。
ですが……『艦』では無く、『艦娘』として此処に居る今の私達なら――――。
「そうですね。皆で過ごすのも良いかもしれませんね。朝霜さん、雪風ちゃん……楽しみましょう?」
皆で一緒に過ごしても罰は当たりません。
折角、違う時代で違う姿で皆が揃ったんです。
こうなったら――――精一杯、楽しんで行きましょう!
「全く……この日に私のカレーを食べたいだなんてアンタ達も物好きなものね」
お花見は私達の秘密の場所で夕日を見終えた後に星空を見ながら、と言う事に決まりました。
大和さんと矢矧さんはお花見に備えて重箱のお弁当を準備するために厨房を借りて料理を始めています。
折角だから……と言う事で大和さんは気合が入っているらしく、次々と矢矧さんに指示を出しながら自分自身も手際良く、作業を行っていきます。
普段から食堂を切り盛りしている一人でもあるので大量の料理を作る事は手馴れているのでしょう。
次々と材料を切り分けていく様子は本当に料理人として高い技量を持つ大和さんだから出来る事。
本職である鳳翔さんやその愛弟子である天城さんにも負けてないと思うのは少しだけ贔屓目でしょうか?
「良いじゃないですか。今日だからこそ、霞ちゃんのカレーをお昼に食べたいんですよ」
「そうですね。雪風ちゃんの言う通りです」
私と霞ちゃんと雪風ちゃんは大和さんと矢矧さんが行っている料理の仕込みのお手伝いを済ませ、今は昼食の準備の方を進めています。
昼食を担当する事になったのは霞ちゃんで全員のリクエストもあってか昼食のメニューはカレーとなりました。
嘗ての坊ノ岬沖海戦において私達は戦闘に備えて最後の食事を行ったのですが……この時、霞ちゃんだけは戦闘配食では無く、カレーをふるまっていたそうで。
それを聞いて今日はあの日なのだから、全員で霞ちゃんの特製カレーを食べたいと言う話になったんです。
「もう……皆、馬鹿ばっかりなんだから。ほら、出来たわよ。少し味見してみなさいな」
最初は渋っていた霞ちゃんでしたが……流石に私達全員から同じリクエストと来れば断る事は出来ません。
苦笑しながらも結局は人数分、それもおかわりの分も考えた上でカレーを作ってくれました。
私と雪風ちゃんも手伝わせて貰ったのですが、スパイスの組み合わせだけはどうしても秘密なんだそうで。
其処だけは教えて貰う事は出来ませんでした。
「ちょっと、ピリッとくるかもしれないけど雪風でも大丈夫なくらいにはしてあるわ」
「はい。確かに少し辛めだけど……雪風でも美味しく食べられます!」
「凄いわ……流石、霞ちゃんですね」
ですが、内容を知ってしまうと『特製カレー』では無くなってしまいます。
霞ちゃんが妥協せずに試作を繰り返した配合なだけあって、程良い辛さでとても美味しいです。
辛いものが苦手な雪風ちゃんも食べられるように考えられてるのは流石、霞ちゃんと言うしかありません。
「褒めても何も出ないわよ。皆で一緒に食べるなら美味しい方が良いと思っただけなんだから。さ、彼処で磯風に料理の基礎を教えてる朝霜達も呼んで食事にしましょ」
「ふふふ……そうですね」
私達がカレーを作っている間は調理に混ざる事は認めない、と制限を付けた浜風さんによって磯風さんは朝霜さんを交えた上で厳しく教えられています。
何度も諫められているのもあって少しだけしょんぼり、としているみたいですし……良いタイミングでカレーが出来たと言えるかもしれません。
実は霞ちゃんの特製カレーをこうして坊ノ岬の皆が揃って食べる事は初めてで。
私は良く御同伴に預かっていたから一緒に食べる事があるのですが……辛いものが苦手な雪風ちゃんとは余り一緒にカレーを食べる事はありませんでした。
そんな私達の事情を知っていた霞ちゃんは自分なりにアレンジを考えてくれていたようです。
強い口調で素っ気無い態度の時もあるけれど、欠かさずに私達、皆の事を見てくれる霞ちゃん……何時も有り難うございます!
「此処で見る夕日は何度見ても良いもんだな。あたいにも初霜がこの場所が好きだって言ってる気持ちが解る気がする」
霞ちゃんの特製カレーを食べ終わって、皆で揃って御馳走様をして――――。
お花見の準備と片付けを終えた私達は秘密の場所である岬に来ていました。
此処で何時もの日課とも言える夕日を8人全員でのんびりと見て、満足したところで朝霜さんが改めて夕日の感想を口にします。
「ふふっ……朝霜さんにもそう言って貰えて嬉しいです」
既に夕日は沈んで周囲もすっかり暗くなってしまいましたが……。
着任してまだ、それ程の時間も経っていないのに早くも私がこの光景を好きだと言っている事を朝霜さんが察してくれた事に嬉しくなります。
皆がこの夕日が見られる岬で同じ思いを持っているんだと思うとつい、笑みが零れます。
「さ、そろそろ始めるわよ。今日は月明かりも良い感じだし……楽しく過ごしましょう?」
御互いに微笑み合う私と朝霜さんの様子を見て、そろそろ声をかけなければと思ったのか矢矧さんがお花見を始めると言う旨を伝えてきます。
すっかり私と朝霜さんでふたりきりの世界を創ってしまっていたみたいです……。
隣では霞ちゃんがジト目で私を見ている気がしますし、雪風ちゃんもむ〜っと膨れています。
大和さんは見守るように微笑んでいますが、浜風さんと磯風さんは何て言えば良いのか解らなくて、困っているみたいです。
う〜ん……私も少し浮かれてしまっているのかもしれませんね。
こうして、秘密の場所で皆揃ってお花見をするなんて初めての事ですし、私も何処かで歯止めが利かなくなってるのかもしれませんね――――。
「うみゅ……磯風……浜風……」
「む……雪風はどんな夢を見てるんだろうな」
大和さんと矢矧さんが中心になって作った重箱のお弁当を食べ終えて数時間後――――。
艤装の記憶の事や今の鎮守府に着任してからの事を中心に御話しながら、夜空と月と桜を皆で眺めます。
私達、8人を照らすのは雲一つ無い夜空に浮かぶ月の明かりと満天の星達だけ。
優しくて淡い光が満開の桜の花を照らし、何処となく神秘的な雰囲気の光景が私達の前に広がっています。
そんな光景を見ながら皆で御話をしていたのですが……。
普段から夜は早い時間に眠ってしまう雪風ちゃんは夜更かしが辛いのか磯風さんの膝を枕にしてすやすやと眠っています。
「そうですね……少なくとも悪い夢は見てなさそうですよ、磯風。起こす予定の時間まで後、少しだけありますし……静かにしてあげましょう」
「ああ、そうだな」
浜風さんが口元に指を当てながら静かにとサインを送り、磯風さんは穏やかな表情で雪風ちゃんの頭を優しく撫でてあげています。
普段は姉として頑張っている雪風ちゃんにお疲れ様をしつつ浜風さんと磯風さんは御互いにくすり、と笑みを零します。
「お、雪風はまだ眠ってるのか?」
「ちょっと、朝霜! 静かにしなさないな! 後、私の頭の上から覗き込もうとするのは止めなさいよ!」
今日が終わるまで時間が後、少しになってもまだ眠っている雪風ちゃんの様子を見かねたのか朝霜さんが霞ちゃんの上から覗き込もうとします。
流石にこの行動には霞ちゃんも頭に来たのか朝霜さんに注意を促すのですが……。
「もう、朝霜さんったら……。流石にそれは……めっ! ですよ。それに霞ちゃんも静かにした方が良いんじゃないかしら……」
これは朝霜さんがいけませんけど……注意している霞ちゃんも少し静かにしないと雪風ちゃんに悪いです。
唯でさえ、雪風ちゃんは浜風さんと磯風さんに甘える機会が無いんですから。
「わ、解ってるわよ……ほら、朝霜。私から離れなさい」
「ああ……あたいが悪かったよ、霞。初霜もごめんな」
「……はい」
珍しく私が注意するものですから、霞ちゃんも朝霜さんも素直に大人しくなります。
別に怒っている訳では無いのですけど……普段の私は如何もそういった雰囲気が感じられないみたいです。
第二次改装を受けてからは旗艦を務める事も多くなりましたし……少しくらいは霞ちゃんみたいにした方が良いのでしょうか?
「ふふっ……こんなのも悪くないわね。大和」
「ええ、こうして皆で一緒に桜を見て、月を見て、星空を見て――――嘗ては迎えられなかった明日を待つ。今の私は本当に幸せです」
私と霞ちゃんと朝霜さんと、雪風ちゃんと浜風さんと磯風さんとで全く正反対の様子を見て微笑む大和さん。
矢矧さんも今日は無礼講と言う事で特に注意をする事もなく、大和さんと夜桜を楽しんでいます。
御二人の言う通り、桜と月と星空を見て――――皆で過ごすこの時はとても優しくて幸せな時間。
艦では無く、艦娘として居るからこそ迎えられた今に感謝したい気持ちで一杯です。
「そうね、私も大和と同じよ。あの運命の時間を越えて皆で一緒にお花見が出来るなんて……めぐり合わせに感謝しないと、ね?」
「はい。矢矧の言う通りです。此処まで来れば待ち望んでいた『明日』まで後少し……。たまには夜更かしも良いものですね」
大和さんも矢矧さんも私と同じ事を感じているみたいです。
運命の数時間を越えて皆でこうして、一緒に夜桜を見ながら明日を待つ――――。
普段は出撃や任務や食堂の切り盛り等、色々とあるので夜更かしなんてしませんが……。
待ち望んでいた『明日』を一番に迎える事が出来る、と言うのは本当に良いものだと思います。
4月7日から4月8日へ――――この場に居る皆の中では私と雪風ちゃんしか迎えられなかった『明日』。
今度こそはこの8人全員で迎えられる事に嬉しさが隠せません。
「むにゃ……そろそろ……時間ですかね……?」
「ああ、良い頃合いだぞ。雪風」
「はい。此処一番を逃さないのは流石です」
もう『明日』までカウントダウンに入ろうと言うところで雪風ちゃんも目を覚まします。
浜風さんとの言う通り、此処一番を逃さない雪風ちゃんはやっぱり幸運なのでしょう。
「雪風も起きたし……皆で桜を背景にして写真でも撮りましょ。良いわよね、大和?」
「そうですね、霞ちゃん。皆でそうしましょう」
雪風ちゃんが目を覚ました事で皆が揃い、明日を迎える準備も出来たところで霞ちゃんが大和さんに写真の提案をします。
確かに今日を終えて、明日を迎えるにあたって皆で記念撮影をするのは良いかもしれません。
「初霜。雪風の進水日記念の時に陽炎から貰ったカメラ持って来てるでしょ?」
「うん。ちょうど持って来てるわ」
もしかしたら、と言う予感があったので念のために準備をしていたのですが……本当にその予感は当たりました。
雪風ちゃんが目を覚ましたのもありますけど……私もやっぱり幸運なのでしょう。
ちょうど、先日に雪風ちゃんの進水日の御祝いをするために陽炎型の皆さんが鎮守府に来た時に私が撮影役を務めたのですが……。
その時に使用したカメラはそのまま、陽炎さんがプレゼントしてくれたんです。
私と雪風ちゃんの2人で皆と沢山の思い出を残しなさい、と言う事で。
早速、使う時が来た事を考えると陽炎さんは其処まで見越していたのかもしれませんね――――。
――――皆さん、大丈夫ですか? 写真撮りますよ?
――――む……少し待った方が良い。浜風、少しだけ私の方に近付いてくれ。
――――解りました。このくらいですね。
――――おいおい、霞。何、膨れっ面してんだよ。ほら、お前もピースの一つくらいすれば良いだろうに。
――――私は別にそんな顔してないわ! 余計なお世話よ!
――――矢矧、表情が固いですよ。後、初霜ちゃんは私にもっと寄って下さい。写真に収まりませんよ?
――――わ、解ってるわ……こんな感じで良いのかしら?
――――ええっと……その……えいっ!
――――はい、良いみたいですね。皆さん、撮ります!
皆で『明日』を迎える事が出来た記念に。
4月8日――――大和、矢矧、初霜、霞、雪風、磯風、浜風、朝霜
From FIN 2015/4/13
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