――――お、此処からはもう1人でも行けそうだな。じゃ、あたいは戻るぜ、呉まで気を付けろよ?
1945年3月29日――――。
私……駆逐艦、響は触雷による傷を受けて朝霜に曳航されつつ呉への帰路を歩んでいた。
暫くの間は機関の調子が出ず、朝霜の力を借りなければどうしようも無かったけれど、時間が経つに連れて何とか動けるようになってきた気がする。
朝霜はそんな私の様子を見て安心したのか、自分は大和さん達の下へ戻ると言う。
――――もし……私だけでは無理だと言ったら来てくれるかい? 君は戦闘で受けた傷の影響で機関の調子が良くない。一緒に帰れば看て貰える……。
だけど、此処で朝霜を行かせたら二度と会う事は出来ない気がした。
朝霜は空襲による被害を受けて以来、本調子が出ない状態だ。
度重なる激戦で被害を受けてきた朝霜は目立った被害を受けずに戦い抜いてきた初霜や霞や雪風と違って練度も下がってしまっている。
それに私を曳航した事で朝霜の機関には更なる負荷をかけてしまった可能性だって考えられた。
此処から大和さん達を追いかけるとなると朝霜は更に消耗する事になってしまう。
そんな状態で戦ったら朝霜は――――。
――――響、またな。
私の気持ちを知ってか知らずか朝霜はもう一度、振り返えって笑顔で言う。
「駄目だ――――行ったら君は」と口を紡ごうとしたその時、朝霜の表情を見た私は何も言えなくなってしまった。
朝霜は精一杯の笑顔を浮かべながらも目尻に涙を貯めていたから。
私が言わなくても朝霜は全て解っているんだ。
この先に向かう事で自分がどのような運命を辿る事になるのかを。
戻れないだろう、と言う事も解っていて朝霜は私と笑顔で別れようとしている。
それが例え、今生のものだったとしても――――。
――――ああ……また。
だから、私はこう伝えるしか無いじゃないか。
朝霜が覚悟を決めた以上、私にはそれを見送る義務がある。
私は此処から先には行けないから。
だけど、駄目だ……泣いちゃ駄目なのに。
涙が全然、止まらない。
朝霜をちゃんと見送らなきゃいけないのに――――。
――――矢矧さん! 朝霜さんが!
1945年4月7日――――。
私……駆逐艦、初霜は突如として機関の調子を落とし、艦隊から落伍し始めた朝霜さんに気付く。
以前から調子を落としていたのは知っていたけれど、まさかこの頃合いでだなんて。
――――ええ、解ってる。朝霜、貴方は鹿児島に戻って修理を受けなさい。今のままでは私達と一緒には行けないわ。
私からの言葉を受けて第二水雷戦隊の旗艦を務める矢矧さんが朝霜さんに引き返すように言います。
今の私達は約18ノットの速度で進んでおり、何れは更に増速する予定でした。
現状の段階で既に落伍しつつある朝霜さんでは到底、随伴する事が出来る訳がありません。
――――いや、まだ12ノットは出せるんだから大丈夫だ。一緒に行かせてくれ!
――――ですが、朝霜さん……。
――――そうよ、何を言ってるのアンタは。そんなので一緒になんて行ける訳が無いじゃない!
矢矧さんの通達に対して、反論する朝霜さん。
死地へと赴こうとしている今の私達を置いてはいけないと言う朝霜さんの言いたい事は解りますが……。
このままでは1人だけ艦隊から取り残されてしまいます。
霞ちゃんもそれが解っているから、朝霜さんに一緒に行けないと言っている訳で……。
――――解った。朝霜が其処まで言うのなら一緒に行きましょう。付いてこれなかったらそのまま置いていく。それで良いわね? 朝霜。
ですが、朝霜さんの同行に反対する私達に対して、矢矧さんは随伴の許可を出します。
朝霜さんが付いてくる事はどうやったって無理なのにどうして、矢矧さんは……?
そう思って朝霜さんの方の様子を見てみると――――私は何も言えなくなってしまいました。
――――ああ、それで良い。此処で中途半端な事したら……泣きながらも送り出してくれた響に顔向け出来ないし、な。
目尻に涙を浮かべながらにっ……と笑う朝霜さん。
ああ、朝霜さんは全部、解っているんですね――――。
私達と一緒に行けない事も、戻る事も出来ない事も。
全てを受け入れた上で朝霜さんは笑っています。
そんな表情を見たら何も言えなくなるに決まっているじゃないですか、朝霜さん――――!
「夢……?」
私は何処か懐かしく思えるような、悲しいような、寂しいような――――形容し難い夢が終わったところで目が覚める。
今の夢は私であって私自身のものではない。
艤装であるВерный(ヴェールヌイ)の持つ記憶が夢に出てきたんだと思う。
私達、艦娘は自分の身体に艦の記憶や魂を降ろす事が出来る女性の事で巫女のようなもの。
また、艤装と同調する事で艦としての力を引き出し、自在に操る事が出来るのが私達、艦娘の持つ力だ。
そのためか時折、自分の艦の記憶を夢に見る事がある。
艤装が駆逐艦、響だった頃の記憶が今の夢を見せたのだろう。
「おはようございます、響ちゃん。少し、目が赤くなっていますが……大丈夫ですか?」
「え……?」
ぼんやりとする私の顔を優しく覗き込んでくるのは同室の潮ちゃん。
潮ちゃんは特型駆逐艦の系統である綾波型の後期仕様である特UA型と言われる艤装の適性を持ち、同じく第二次改装を終えている仲。
駆逐艦だった時も何かと縁がある事もあってか私とは同室で一緒に部隊編成を組んで居る事が多い。
だけど……潮ちゃんが言っている目が赤くなっていると言うのが今ひとつ理解出来ない。
とりあえず、拭ってみると其処には何故か涙が――――。
「……泣いていたんですね。もしかして、朝霜さんの事ですか?」
私の様子を見て、全てを悟ったかのように優しく微笑む潮ちゃん。
正式に朝霜が着任した事も含めて、艤装からの記憶が強く流れてくる事を察していたみたいだ。
艦娘としても、個人としても私と付き合いの長い潮ちゃんは本当に良く見ていてくれる。
「ああ……。駆逐艦響の”あの時”の夢を見たんだ。朝霜に曳航されて……その途中で別れた時の事を」
「そう、でしたか……。私もあの時の話は後から聞きましたが……何て言ったら良いのか」
「……良いんだ。あれはどうする事も出来なかったさ。だけど……もし、あの時に私、響の調子が戻らなかったら朝霜は――――」
「響ちゃん……」
潮ちゃんがふくよかな胸で私を包み込むようにそっと抱き寄せてくれる。
朝霜の事を夢に見たのは初めてだけど、考えれば考えるだけ涙が止まらなくなってくる。
もし、あの時を思い出せばキリがない。
暁をソロモンで失い、雷をグアムで失い、電に至っては目の前で失い――――朝霜に関してはそれを見送る事になってしまった。
私は不死鳥と呼ばれた存在だけど、何が不死鳥だ――――私は唯、その時に限って場に居なかったり、配置転換が行われたりして生き残っただけだ。
運が良いとかで片付けられる訳が無い。
護衛対象を守り続け、多くを助けて来ながらも最後まで生き残った初霜や激戦を最後まで駆け抜けて生き残った雪風とは全く違う。
不死鳥の由来は修理のタイミングにもある、とは良く言ったものだけど――――それが理由で姉妹を失い、友人を失うなんて本末転倒だ。
私は幸運なんかじゃない、悪運が強いだけでしかない。
そう思うと朝霜とはどんな顔をして会えば良いのだろう?
駄目だ……怖くて向き合えない……。
ごめん、潮ちゃん……申し訳ないけど、今暫くはどうか、このままで居させて欲しい――――。
「おはようございます、初霜ちゃん」
「……ええ。おはよう、雪風ちゃん」
朝霜さんの涙を浮かべた笑顔を見届けたところで目の覚めた私の顔を雪風ちゃんが覗き込んでいます。
ああ――――私はまた、あの時の夢を見てしまったんですね。
何処か悲しそうに朝の挨拶をしてくれる雪風ちゃんの表情を見ていれば解ります。
あの時の夢を見た日の私は何時も涙を流していますから。
今日も軽く目を拭ってみると涙の後がくっきりと付くのがその証拠です。
「大丈夫ですか? 初霜ちゃん。また、あの夢だったんでしょう?」
「うん……もう慣れてるから、大丈夫。雪風ちゃんの方だって”あの時”の夢を見た時は何時も同じでしょう?」
「そうですね……雪風も夢を見た時は初霜ちゃんには御世話になってますから、御互い様です」
御互いに同じ話題と夢を共通する私達はくすり、と微笑み合う。
夢を見た時は何時も何処かが悲しくなるけれど……。
こうして、一緒に居るようになってからはそれを共有出来る。
もし、あの時――――と言う出来事については私も雪風ちゃんも互いがそれぞれ経験しているから。
今日の見た夢もこうして、乗り越えた大切な思い出としてそっと抱き締めて居られる。
朝霜さんも正式に着任した事ですし……今日は一緒に行動してみましょうか――――。
「あら、早いわね。おはよう、朝霜」
「……ああ、おはようさん。霞」
朝霜が正式に着任して数日後――――。
同室で一緒に朝霜と過ごしている私、霞は意外に早く目が覚めた朝霜に少し驚く。
大抵の場合は私が時間を見計らって起こすのだけど、今日に限っては違うみたい。
複雑そうな朝霜の表情を見てると……これはアレを見た感じかしら。
「少し、夢見が悪かったみたいね」
「……ああ。ちょっと”あの時”の事を、な。響と初霜……それに矢矧と霞も出てきてたよ」
「そう……」
今の話だけで大体、解った。
艤装から来る記憶の中でも響と私達が出てきた段階で坊ノ岬の時だと言う事は容易に理解出来る。
私だって詳細は違えども全く同じ夢を見るのだから。
「で、アンタはあの時の夢を見てどう感じたの? そんな顔してるんだから、何か思う事があるんでしょう?」
「ああ……。坊ノ岬の皆とはあの時の事も含めて、あたいなりに向き合ったけど……。響とはまだ、ちゃんと話してないな……って思ってさ」
「確かにね。どうも、あの娘は朝霜を避けてるみたいだし」
「だよなぁ……。あたいは元々から気にしてないってのに」
私達、坊ノ岬の皆とチョコレートパーティをした翌日に鎮守府でも正式に着任の歓迎会が行われたけれど、響はその時も朝霜と顔を合わせる事はなかった。
一緒に会場をくまなく探してみたけれど、最後まで見つける事が出来なかった事も踏まえて多分、あの時から既に避けられていたのよね。
普段の響は初霜とも割と良く話しているから一緒になる事は多かったのに。
「あの時は響の居る場所を守らなきゃって思ったからこそ命をかけて戦ったんだって……あたいの艤装はそう言ってる。響が気にする事じゃないはずなんだ」
「朝霜……」
「確かに意味のない作戦には思う部分もあったさ。だけど、今生の別れになったとしても守りたいものがあったんだ。そりゃ……考えるほど涙が止まらなかったけどな」
そう言ってる朝霜の気持ちは本当に良く解る。
私だって坊ノ岬の作戦には思うところが色々とあった。
初霜も朝霜も無意味な作戦だと主張してたし、実行するなら司令長官が自ら参加すべきだと激昂していたのを良く夢に見ている。
「そうね、あの時のアンタは涙を浮かべてたって私の艤装も言ってる。まぁ、私の場合はアンタ達皆と一緒だったから何も怖くなかったけどね」
だから理不尽な作戦でもあの時の私には何の悔いも無かった。
初霜、雪風、浜風、磯風、涼月、冬月と一緒に大和と矢矧に随伴した事に後悔なんてない。
作戦の背景については未だに反吐が出るほどに認めたくはないけれど……最期まで戦い抜いた事は私にとっての誇りだ。
私の乗組員達も冬月が救助してくれたし、未練もない。
「だな。あたいの心残りは自身も含めて乗組員が誰も戻れなかった事だけど、戦い抜いた事に関しての未練はないさ。響にもその事は伝えたいし、な」
朝霜も結果については乗組員全員戦死と言う部分を除けば心残りは無いと言う。
さっぱりとした性格の朝霜らしい回答だ。
戦い抜いた事に関しては未練がないって言うのも私と同じ。
多分、坊ノ岬の皆の心残りは無謀な作戦に巻き込んで散って逝った人達の事だと思う。
皆をあの地獄に巻き込んでしまった事だけは私も悔やみきれないくらいだ。
他に手段は無かったのか、と思うと腹ただしくなる。
今となってはその事をぶつける相手も居ないため、どうしようも無いのだけど……。
「そうね。響が避けてるのはアンタを見送った時の事が理由でしょうし、此処はちゃんと話した方が良いわね。今日は出撃の無い日だし、初霜達と一緒に話しましょ」
「……ああ」
でも、朝霜と響を会わせないままで居るのはきっと良くない。
2人がこうして同じ鎮守府に所属する事になったのは嘗ての艦だった時の繋がりの強さと最期を迎えた時期の事情があるからだ。
朝霜と響が再び会う機会が訪れたのも縁の切れていない証拠。
今日に限ってあの時の夢を見たのは決して偶然なんかじゃない。
朝霜があの夢を見たのなら初霜や響だって同じ夢を見ている可能性もある――――。
私は朝霜に朝食に行こうと促しつつ、今日の行動方針を決めたのだった。
「響ちゃんもあの時の夢を見たんですか?」
「うん……今までは見る事は殆ど無かったんだけどね」
「そうですか。響ちゃんの場合は電ちゃんの事がありますもんね……殆ど無かったと言うのは解ります」
雪風ちゃんと夢を見た時の話を終えて、朝食のために食堂へと来た私はちょうど響ちゃんと潮ちゃんと鉢合わせする。
今日は鎮守府全体でも出撃の予定は無く、自由に出来る日なので御互いに朝食の準備が終わるの待ちながら御話をしていると意外な話題に。
しかし、あの時の夢ですか……普段の響ちゃんは姉妹艦の電ちゃんの最期を夢に見るとの事で坊ノ岬の夢を見る事は殆どないみたいで。
そういった意味では今回は比較的、珍しいパターンなのかもしれません。
尚、先程まで私と一緒に居た雪風ちゃんは浜風さんと磯風さんと天津風さんと約束があるらしく、既に別行動を取っています。
響ちゃんとの事だと雪風ちゃんも居た方が上手く話を聞いてあげられるのですけど……。
「初霜も初春さんの事があるから、か……」
「ええ、だから響ちゃんの気持ちは良く解ります。私の場合は何方の夢も頻度としては大きな差は無いですけど、ね」
「初霜さん……」
私が目の前で初春姉さんを失った時の事を察してか潮ちゃんが目を伏せます。
潮ちゃんも曙ちゃんの事を思い出しているのでしょう。
姉妹艦を失った時の夢は私も響ちゃんも潮ちゃんも目の前で失った時のものであると言う共通点があります。
それも僅かな差が生じてと言う理由が原因で。
もし、あの時に……と考えると思うところがある事については否定出来ません。
「潮ちゃん、折角の朝食の前にそんな表情をしてちゃ駄目ですよ。話は聞いていましたので解りますが……そういう話は食事が終わってからにしましょう」
「……もし、あの時にと思う事があるのならそれは私と大和さんも同じですからね。榛名で御力になれるかは解りませんが、相談にはのります」
「大和さん。それに……榛名さんまで」
私達が話をしていると今日の食堂を切り盛りしている大和さんとそれを手伝っていた榛名さんが此方にやってきます。
今日の朝食は洋食を中心としたビュッフェ形式のもの。
全ての料理が終わってセッティングを終えた所で私達を呼びに来てくれたのでしょう。
「……有り難う」
気遣ってくれる大和さんと榛名さんに少しだけ微笑んで御礼を言う響ちゃん。
大和さんも榛名さんも含め、此処に居る皆は艤装の記憶から同じ夢を見る事のある艦娘達。
紙一重の差の出来事が明暗を分け、姉妹艦の中では最終的にひとりぼっちになってしまった事で同じ想いを共有しています。
だから、大和さんと榛名さんは朝食を終えて、落ち着いてからにしましょうと言っているんだと思う。
こういった御話は一度、熱くなると歯止めが効かなくなるものですし……。
とりあえず、大和さん達の言う通り、朝食を頂きましょう――――。
うん。とても、美味しそうです!
「お……? 今日は流石に皆、居るみたいだな」
「まぁ、出撃の無い予定の日だしね。アンタが珍しく早く起きたから鉢合わせる事が出来たんだろうけど」
「成る程、早起きは三文の徳って奴だな。……もしかして、あたいも少しは考えた方が良いのか?」
「ま、当然ね。とは言え、今回は普段の行いに感謝した方が良さそうよ。ほら……」
「……響」
普段よりも早い時間に食堂に来た私と朝霜だけど、今回は運が良かったみたい。
響は朝霜が遅く起きてくる事を知っているのか朝食の時間帯が被る事は一度も無かった。
所属は矢矧率いる第二水雷戦隊で同じだけど、響は潮と組んでいるから出撃で一緒になる事も基本的には無い。
朝霜は私と組んでいるから、初霜と雪風と一緒の組になるし……時間のある時に会おうと思っても中々、機会は訪れない。
だから、こうしてチャンスが来たのは僥倖だと思う。
「私も一緒に行くから大丈夫よ。響と顔合わせ……ちゃんとしないとね」
「……ああ」
朝霜もそれを解っているのか、私の言葉にこくりと頷く。
同じ鎮守府に所属する事になった以上、響との関係はちゃんとしておかないといけない。
何もせずに放っておいて、いざという時に大切な事を忘れていたなんて目も当てられないだろう。
私は朝霜の背中を軽く押して、響の所に行くように、と促したのだった。
「響……隣、良いか?」
「……朝霜」
私が初霜達と話し込んでいると、不意に隣の席に朝霜が座ってくる。
大和さんや榛名さんも交えてあの時の事を話し込んでいたら思っていたよりも時間が経過していたみたいだ。
此処に居るのは皆が僅かばかりの差で姉妹艦との明暗の別れた艦娘ばかり。
大和さんはレイテで武蔵さんと、榛名さんは帰還中に金剛さんと、初霜はマニラの空襲で初春さんと、潮ちゃんはレイテで曙ちゃんと別れを経験している。
それもあってか色々と話し込んでしまっていた。
今までは時間が合わなかった御蔭で朝食の時やその後に暫く雑談をしていても、顔を合わせる事は無かったのだけど……。
同じ鎮守府に所属する事になった以上、何時かは何処かで一緒になる事は避けられない。
今までは意図せずに機会が無かっただけだ。
何時かは今日みたいな事が起きるって私にも解っていたはずなのに……。
「久し振りだな、響。……やっと会えたな」
私の心配を他所に朝霜は記憶の中にある表情に重なるように笑みを浮かべる。
だけど、夢に出てきたあの時の笑顔とは決定的に違う部分があった。
「ああ……そうだね」
意を決して顔を見てみると目尻に涙が浮かんでない。
何かを溜め込んでいるかのような様子は今の朝霜には見られない。
正直、どうしても、あの時の笑顔を思い出してしまうから、向き合うにはどんな顔をすれば良いのかとずっと考えていたけれど――――それは杞憂だったみたいだ。
今の笑顔の表情を見ていたらそんな事も吹き飛んでしまった。
朝霜は純粋に再会を喜んでくれてる。
だったら、私もこの再会には感謝しなきゃいけない。
「顔を合わせたら何て言おうかと思っていたけど、また……会えてうれしいよ。朝霜」
「あたいもだ。響とは艤装の記憶の中が最後だったしな。……戻れなくて悪かった」
「……良いんだ。あの時の事は。私の方こそ朝霜にはずっと謝らなくちゃいけないって思っていたから」
再会の喜びを表しながらあの時の事を口にする朝霜。
もしかしたら、朝霜も私と同じように夢を見ていたから、この機会がめぐってきたのかもしれない。
普段の朝霜は私達と違って朝が遅い。
今の時間に来るなんて珍しいとしか言えなかった。
それだけに今日のこの機会は運命的な何かを感じる。
きっと偶然なんかじゃない――――。
「響……これからも宜しくな」
朝霜も同じように訪れた機会に感謝しているのか私の頭を軽く撫でながらにっ……と笑顔を見せる。
運命的な何かを感じているのは朝霜も同じみたいだ。
あの時の夢を見た事は決して悪い報せじゃなかった。
『幸運』なんて信じないと思っていたけれど――――今、此処で朝霜と向き合えた事に感謝を。
「うん――――!」
だから、私は朝霜に精一杯の笑顔を向けて頷くのだった――――。
「……本当に良かった。有り難う、霞ちゃん。朝霜さんを連れて来てくれて」
「御礼なんかいらないわよ。朝霜もあの時の夢を見たって言うから、早めに連れて来たに過ぎないわ」
朝霜さんと響ちゃんが意図しない頃合いで鉢合わせる事になった時はどうしようかと思いましたが……。
何だかんだで上手く纏まってくれて一安心です。
姉妹艦を失った時の事を交えて、あの時の夢を見た響ちゃんの話を聞いていましたが……正直、朝霜さんにはどう話そうと悩んでいた所でした。
朝霜さんが嘗ての時にどう思っているのかで大分、違ったと思いますし……。
「はい。それでも、霞ちゃんが背中を押してくれたんでしょう?」
「ぐっ……」
でも、霞ちゃんならきっと朝霜さんの背中を押してくれるだろうと踏んでいました。
私達の事を何時も心配してくれている霞ちゃんはこうした気遣いが出来る人です。
朝霜さんと響さんの事もこのままじゃいけないって思っていてくれたのは間違いないみたいで――――言葉に詰まるのは本当の事だからです。
「……すいません、本当に霞ちゃんには何時も助けて貰っていますね」
「御互い様よ。私だってアンタ達には助けられてるんだから……初霜も、もっと胸を張りなさいな」
「霞ちゃん――――はい!」
厳しいけれども堂々とした振る舞いで私達を導いてくれる霞ちゃん。
あの時の夢を見た時は御互い様だけれど、こうして共有出来る事はきっと幸運な事だと思います。
朝霜さんの事、響ちゃんの事――――そして私達、皆の事。
同じあの時の夢を見ているからこそ同じ想いを改めて確認出来る。
朝霜さんだってそれを感じているから、響ちゃんと向かい合えているんだと思う。
艤装の持つ記憶からは沢山の事が流れてくるけれど……それを乗り越えて、自分の心でそっと抱き締めて――――。
嘗ての艦とは違うけれど、その記憶や魂と同調するって……きっと、そういう事。
だから、私は過去に秘められた想いもちゃんと受け止めていければ良いなって私は思うんです――――。
「朝霜、大丈夫かい?」
「……ああ、悪いな響。あの時とは逆になっちまった」
あれから数日後――――。
私を旗艦として霞ちゃん、雪風ちゃん、響ちゃん、潮ちゃん、朝霜さんで編成された水雷戦隊で出撃していました。
その最中、朝霜さんが被弾して艤装が大破し、この時に足も負傷して動けなくなってしまったのです。
これ以上は危険と判断した私は撤退する許可を提督から貰いました。
ですが、大破した朝霜さんを誰かが曳航するしかありません。
なので私が自分で志願しようとしたのですが……。
それよりも早く、響ちゃんが朝霜さんに肩を貸して、自分が曳航すると言ったのです。
「別に良いさ。あの時とは違って君をこうして連れて帰れるんだ。嘗ては私も朝霜には助けられたんだから御互い様だよ」
「そっか……。じゃあ、その言葉に甘えさせて貰うか」
「……ああ。存分に甘えて欲しい」
嘗ては駆逐艦としての響ちゃんが朝霜さんに曳航されていましたが……。
今はこうして、艦娘となった朝霜さんが響ちゃんに曳航されています。
あの時の夢の中とは全く逆の光景――――。
でも、大きく違うのは皆で一緒に帰還出来る事です。
「初霜。指示を御願い」
「……初霜ちゃん」
「ええ……解ってるわ、霞ちゃん、雪風ちゃん」
だからこそ、霞ちゃんと雪風ちゃんの言う通り、此処で安心する訳には参りません。
戦闘が終わったからと言って気を緩める事は命取りになります。
その事は坊ノ岬で雪風ちゃん達と生還した私が一番、良く理解している事です。
曳航しながら戻ると言う事は速度が低下する事であり、危険が伴う事。
周辺の深海棲艦を撃破したとは言え、此処はまだ鎮守府じゃありません。
任務の完遂は皆で無事に帰り着いてこそです。
それを踏まえて、私は霞ちゃんと雪風ちゃんの意見具申に頷きます。
あの時のような結果には絶対させません。
霞ちゃん、雪風ちゃん、響ちゃん、潮ちゃん、朝霜さんの全員で戻るんですから――――!
――――皆さん、全員が一緒に帰還するまでが任務です! 最後まで……気力、振り絞って、参りましょう!
From FIN 2015/3/9
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