――――2月14日
聖バレンタインと呼ばれるこの日。
今では女性がチョコレートに秘めた想いを乗せて……秘めた心を告白する日、感謝の気持ちを贈る日、となっています。
私……初霜の所属する鎮守府でもそれは例外ではなく、それぞれが思い思いにチョコレートを作っている光景が見られます。
普段は鳳翔さんが切り盛りしている食堂を借りて私達もまた、チョコレートを作っていました。
私と雪風ちゃん、浜風さんと磯風さん、霞ちゃんと矢矧さん……と言うように二人一組となって大和さんの指導の下、料理をしています。
「だ、駄目です、磯風。此処はこう……」
「むぅ……」
だけど……既に浜風さんは磯風さんの行動を抑えるのに精一杯。
余り大きな声では言えないけれど、磯風さんは料理が苦手で……良く浜風さんに止められています。
浜風さんの方は他の鎮守府に所属している浦風さんと一緒で料理上手で知られている艦娘。
私とも時々、一緒にお菓子作りをしたりもしていますので私もそれは……直接目にしています。
そういった意味でも磯風さんのフォローなら私達の中でも尤も適任なのですが……今回も早速、普段と同じ調子みたいです。
「流石は霞ね。凄く手際が良いわ」
「褒めても何も出ないわよ。……これはあの娘のために準備してるんだから」
「そうね。確かに皆に渡す分もあるけど……その通りね。」
浜風さんと磯風さんとは対照的に順調に料理を進めていくのは霞ちゃんと矢矧さん。
霞ちゃんは差し入れにおにぎりを作ってくれたり、大事な作戦の前には特製カレーを振舞ってくれたりするくらい料理が得意。
矢矧さんも手作りの佐世保バーガーを差し入れしてくれたりするので霞ちゃんと同じく料理は得意です。
他の鎮守府で水雷戦隊を率いている能代さんも料理上手と言う噂だし……矢矧さんも其処は似ているのかもしれません。
「初霜ちゃん、出来ました! こんな感じでどうでしょう?」
「うん、悪くないわ。これなら……大丈夫」
そして、私と雪風ちゃん。
私達の場合は普段から同室で生活していて、休みの時は一緒に料理をしたりもしていますので霞ちゃん達と同じく順調です。
浜風さんとお菓子作りをしている時も雪風ちゃんは都合の合う時は一緒に作っているので、ある程度は自分でも出来たりします。
私は艦娘になる以前から良く料理をしていましたから……大丈夫。
今日は私達7人にとって忘れられない艦娘である朝霜さんが着任しますし……それまでにチョコレートを仕上げないといけません。
バレンタインも兼ねて、坊ノ岬を目指した皆でチョコレートパーティをしようと言うのが今回の計画なんです。
提督も許可をくれたので、こうして厨房を借りて皆で料理をしています。
私個人が贈るチョコレートは2月14日中に私の司令官……もとい、提督に届くようにしてありますし……後はパーティに備えるだけ。
もう少しで全ての準備も終わりますし……気を引き締めて、頑張ります!
「……大和さん達は此処ですね」
今日はバレンタイン。
朝一番の段階で提督に渡すチョコレートの準備を終えた私……榛名は大和さんと矢矧さん達、第二水雷戦隊の娘達が居ると言う厨房へとやってきました。
私が此処に来た理由は他の鎮守府の方から演習の申し込みがあったからです。
本当は朝霜ちゃんが着任すると言う事で坊ノ岬を目指した皆にはお休みをあげるつもりで提督は考えていましたが……。
相手の演習のメンバーを聞いた時、それは流石に難しいと言う事が解りました。
私達が所属する鎮守府には大和さんも長門さんも居るため戦力的には申し分ないのですが……所属している艦娘が圧倒的に少ないのです。
特に空母が少なく、所属しているのは先日に漸く偽装用の物から戦闘用の艤装へと改装が終わり、正式に着任した天城さんと鳳翔さん、隼鷹さん、龍鳳さんだけ。
しかも、今日に限って鳳翔さんも隼鷹さんも龍鳳さんも不在で演習に呼ぶ事が出来ません。
となれば、天城さんに全てを委ねるしかないのですが……今回の演習相手を見る限り、それは流石に無謀と言うもの。
それに戦艦の方も長門さん、伊勢さん、日向さんも今は不在です。
皆さんも思い思いにチョコレートを作っていましたから、意中の方の所や姉妹の所へと足を運んでいるのでしょう。
提督は暫く考えた挙句、制空権も制海権も失った状態での対空戦闘の中で豊富な経験を持つ、初霜ちゃん、雪風ちゃん、矢矧さんに白羽の矢を立てました。
初霜ちゃんと雪風ちゃんは共に生き残るのに特化した駆逐艦であり、対空戦闘にも長けている事をかって。
矢矧さんは水雷戦隊の指揮官として、それぞれ招集する事が決まりました。
実のところ、矢矧さんではなくて水雷戦隊の指揮官と対空戦闘を兼ねる事が出来る五十鈴さんが筆頭候補だったのですが……。
初霜ちゃんと雪風ちゃんとの連携を考えると結局は矢矧さんが一番の適任と言う事に。
後は相手の戦力を考えて大和さんも呼びたかったみたいでしたが、坊ノ岬の皆が計画している朝霜ちゃん着任記念のパーティの事を考えるとそれは出来ません。
3人が抜ける分は大和さんに委ねるしかないので……。
「榛名さん。そろそろ……」
「そうですね、天城さん」
此処に一緒に来ていた天城さんが私を促します。
今までは着物で戦装束を隠していた天城さんでしたが、正式に航空母艦としての能力を発揮出来るように改装された事もあり、雲龍さんに近い服装になっています。
正規空母の艦娘として正式に着任して、すぐに演習だなんて大変だとは思いますが……。
天城さんは特に不満そうな様子もなく、寧ろ空母として力を震える事を喜んでいるようです。
気合充分といった様子で気力に満ちています。
確かにこれ以上、扉の前で待っていても仕方がないですね。
天城さんの言う通り、皆さんを訪ねましょう――――。
「失礼します、皆さん」
「榛名さん、天城さん……どうかしましたか?」
朝霜さんを迎えるために準備の大詰めを迎えていた私達を榛名さんと天城さんが訪ねてきました。
霞ちゃん達を始めとした皆はまだ作業中なので、大和さんが2人に応対します。
「ええ、実は他の鎮守府の方から演習申し込みがありまして……初霜ちゃん、雪風ちゃん、矢矧さんの力を借りたいのです」
「……成る程。そうでしたか」
榛名さん達が訪ねてきた理由に納得した様子を見せる大和さん。
私と雪風ちゃんと矢矧さんの名前が出た段階で演習相手の戦力がある程度読めたのでしょう。
こういった演習の時だと長門さん達が対応するのですが、今日に限っては皆さん不在ですし。
それに私達の誰かからと言う時点で演習相手の練度が凄まじく高いのは想像出来ます。
大和さんが納得した様子なのはそれが解っているからでしょう。
「私……大和は参加しなくて大丈夫ですか?」
「はい。今日は皆さんにとって大切な娘である朝霜ちゃんが着任するんですから……大和さんは其方に全力を傾けて下さい」
相手の練度の高さを察した大和さんは自らが参加しなくても良いのかと榛名さんに訪ねます。
ですが、榛名さんはゆっくりと首を横に振ります。
大和さんまでこの場を離れては朝霜さんを迎える準備が終わらなくなってしまうとの考えは多分、提督からの言伝なのでしょう。
「解りました。そういう事でしたら……。矢矧、初霜ちゃん、雪風ちゃん――――いけますか?」
榛名さんから伝えられた提督の言伝を汲み取った大和さんが私達に訪ねます。
いけますか、と言われたら勿論、こういった万が一の事態は折り込み済みです。
私と雪風ちゃんと矢矧さんは顔を見合わせて頷きます――――。
「了解。第二水雷戦隊、預かります――――2人とも準備は良い?」
「はい! 準備万端です!」
「雪風! 何時でも出撃できます!」
戦場となるのはあくまでも演習ではありますが……第二水雷戦隊――――抜錨です!
全力で挑む以上は負けません……皆と一緒に勝利を掴んでみせます!
「今日は宜しく御願いします、比叡お姉さま。それに霧島……負けませんからね?」
「ええ、此方こそ。榛名……貴方には負けないわよ?」
「ひえぇぇぇ……」
「……少し同情するわ、比叡さん。私もこの空気には入りたくないもの」
矢矧さん達、第二水雷戦隊をメンバーに加えた私達は艤装の装着を終えて、今日の演習相手と開始前の挨拶を交わしています。
相手が比叡お姉さまと霧島を中心としたメンバーなだけあって、榛名も気合が入ります。
後ろで矢矧さんが溜息を吐いているみたいですが、きっと……気のせいです!
「吹雪さん……その姿は貴方も第二次改装を受けたんですね。貴方の夢が叶って私も嬉しいです。ですが、今日は負けませんよ? 全力で相手をさせて頂きます」
「ええ、私も負けないからね。初霜ちゃん! それに雪風ちゃんも……。”奇跡の駆逐艦”と呼ばれた2人を同時に相手するなんて私の水雷魂に火が付きそうだよ」
「雪風だって負けません! 私と初霜ちゃんとのコンビは無敵なんですから! 吹雪ちゃん、夕立ちゃん! 今日は絶対、私達が勝ちます!」
「むぅ……夕立も負けてられないっぽい! 吹雪ちゃん、今日は絶対に勝つっぽい!」
「うん、そうだね。夕立ちゃん!」
駆逐艦の娘達は御互いに切磋琢磨していると言った感じがあって微笑ましく感じます。
初霜ちゃんが吹雪ちゃんの姿を見て、第二次改装を受けた事に気付いたみたいですが……。
身に付けている艤装が秋月型のものに近くなっており、対空に優れた装備が搭載されている事が解ります。
それに吹雪ちゃんは常々、「何時か、赤城先輩を護衛したい!」と公言していた娘でもあり、今回の演習の編成を見ると本当にその目標を叶えたみたいです。
相方を務める夕立ちゃんもソロモン沖での奮闘に合わせた第二次改装が施された艤装を身に付けていて、犬耳みたいに跳ねたくせっ毛が可愛いらしく思えます。
「雲龍型航空母艦、天城です。きょ、今日は宜しく御願いします……」
「久し振りじゃな、赤城、加賀。御主ら一航戦が相手ともなれば吾輩も手加減する訳にはいかんな。御手柔らかに頼むぞ?」
「ええ……此方こそ。それと天城さん。……新生一航戦を率い、姉の名前を受け継ぐ貴方に会えて嬉しいわ。今日は御互いに精一杯頑張りましょうね」
「は、はいっ!」
「良い返事……それなりに期待しているわ」
そして、最後に挨拶を交わしているのは航空戦力である空母の皆さんと第二次改装により、航空巡洋艦となった利根さん。
利根さんと赤城さんと加賀さんはミッドウェーでの深い縁を持つ艦娘同士で違う鎮守府所属となった今でも交流しているほど仲が良いみたいです。
どうも……歴戦のメンバーと言っても良い艦娘に囲まれている事もあるのか、天城さんは恐縮の余り頭を下げ続けている様子。
無理もありません……先々代の一航戦を率いる赤城さんと加賀さんと言えば、”一航戦の誇り”とまで呼ばれるほど伝説となった存在。
新生一航戦を率いるようになったばかりの天城さんにとっては遥か先に居る存在なのです。
それだけに今日の演習は全力で挑まなくては勝ち目がありません……提督が初霜ちゃんと雪風ちゃんを招集した理由が良く解ります。
水雷戦隊の事も含め、鍵を握る事になるのは防空と生存力を兼ね備えた初霜ちゃんと雷撃と生存力を兼ね備えた雪風ちゃんの2人……。
航空戦に関しては不利ですが、幸いにして夜戦に持ち込めば此方の方が有利。
条件としては如何にして乗り切るかが問題になってきますが……其処は私達の頑張り次第です。
勝利を! 提督に!!!
「天城さん! 利根さん!」
「はい、榛名さん!」
「うむ、任せておけ。我が索敵機からは逃げられはせんぞ!」
挨拶も終わり、いよいよ演習開始です。
開始前に御互いの編成は解りますが……。
位置に関しては御互いの配置が解らないように伏せてから開始するので偵察機を出したり、電探を起動させなければ位置が解りません。
それを探るために天城さんの彩雲と利根さんの瑞雲六三四空が発艦していきます。
「矢矧さん、私達も!」
「解ったわ! 榛名さん!」
天城さん達に続けて私と矢矧さんもそれぞれ零式水上観測機と九八式水上偵察機を発艦させます。
制空権を取るのが厳しいと解っている以上、此処は何としても先手を取って有利な体勢で砲撃戦を開始出来なければなりません。
「……彩雲より報告。敵艦隊発見……戦艦2、駆逐艦2、空母2、です。何とか此方が先に動けたようですね」
「此方も天城と同様じゃ。瑞雲から報告が入っておる。T字有利……弾着出来なくともある程度は楽に戦えるぞ」
暫くした後、天城さんから発艦していた彩雲と利根さんから発艦していた瑞雲六三四空から敵艦隊発見の連絡が入ります。
新生一航戦として、新鋭機を多く配備している天城さんは広い索敵範囲を持ち、索敵に長ける利根さんは速やかに目標を発見するのが得意。
艦載機の数に劣る以上、こうした工夫が必要だと提督は判断していたのかもしれません。
天城さんと組ませるのが利根さんなのもこれを見越しての事でしょう。
「天城さん! 利根さん! 御願いします!」
「はい! 天城航空隊発艦、始め! です!」
「任せておけ! この時のためにカタパルトは整備しておるのだからな!」
偵察機からの情報を得た天城さんは神楽鈴を鳴らしながら神社幟を模した意匠の飛行甲板を展開し、天山六○一空、零戦52型丙六○一空、烈風六○一空を発艦させます。
その数、合計で66機……先程の彩雲3機を合わせて69機。
これが天城さんの保有する全ての航空戦力です。
零戦52型を除いて、全てが最新鋭の航空機で編成された天城さんの航空隊は強い制空力と爆撃能力を持ちますが……。
先々代の一航戦である赤城さん、加賀さんを同時に相手をするのは流石に分が悪いです。
相手は旧式である零戦21型や九九式艦上爆撃機、九十七式艦上攻撃機となるでしょうが赤城さん達の場合は熟練度が比較にならないのです。
天城さんの航空隊の練度が低いと言う訳ではありませんが……性能差があっても練度でそれをカバーしてくるのが先々代、一航戦。
念のために利根さんの瑞雲六三四空……合計9機も附属させていますが流石に厳しいと言わざるを得ません。
「っ……迎撃されました! 加賀さんに命中弾を与えたものの判定は小破! 制空……劣勢です!」
「一応、全滅は避けられたがな……。赤城、加賀の熟練も侮れぬが、それ以上に吹雪の迎撃が防いでいたようじゃ」
数において大きく劣るにも関わらず、何とか命中弾を与えてくれた天城さんの航空隊には感謝です。
合計で倍もの数の艦載機を持つ赤城さん、加賀さんを相手に劣勢で留まってくれたのは大健闘と言っても良いと思います。
しかし……吹雪ちゃんに阻まれたとなると向こうも駆逐艦の迎撃を任せているのでしょうか。
「となると……向こうからの艦載機の襲来があるわね。初霜、雪風!」
「解りました! 雪風ちゃん、いきましょう!」
「はいっ!」
ですが、こうなると私達の位置もバレたと言う事で赤城さん、加賀さんが発艦させた艦載機の襲来があるのは確実です。
幾ら天城さんの新鋭機が頑張ってくれているとはいえ、数の上で劣勢を強いられている以上、抜けてくるのは時間の問題で。
それを察してか、制空権の無い状況下で数々の海戦を経験してきた矢矧さんは初霜ちゃんと雪風ちゃんに声をかけます。
もう阿吽の呼吸とでも言うべきでしょうか……。
私達の知らない地獄を経験してきた初霜ちゃんと雪風ちゃんの動きは素早く、迎撃に向かっていきます。
「対空戦闘用意! 雪風ちゃん!」
「はい! 私達2人の――――”奇跡の駆逐艦”の名前が伊達じゃない事を見せてあげましょう!」
抜けてきた九九艦爆と九十七艦攻の姿を認めた初霜ちゃんと雪風ちゃんは前面へと躍り出て、高射砲を構えます。
「高射装置、13号対空電探改、起動……! 対空戦闘開始します! 撃ち方、始め!」
「了解です!」
初霜ちゃんの合図で高角砲による弾幕が展開されます。
先日に涼月ちゃんからの贈り物だと言う10cm連装高角砲に高射装置を内蔵させた最新式の対空砲の威力は凄まじく次々と艦載機を落としていく。
ですが、駆逐艦である初霜ちゃんと雪風ちゃんのような小型艦は一発の被弾が戦闘不能へと繋がってしまいます。
そのため、弾幕を展開しながら空爆を避け続けるには色々と研究が重ねられているのですが……。
「初霜ちゃん!」
「ええ、解ってるわ!」
正直、2人の躱し方は全く参考にならないような気がします。
敵機が真上に来た瞬間に急加速するような真似はピーキーな調整がされている艤装と初霜ちゃん自身の組み合わせでなくては絶対に出来ない芸当。
それに探照灯を迎撃用の目晦ましとして使用するなんて発想も機転が利き、その上で驚異的な勘の良さを兼ね備える雪風ちゃんでなくては絶対出来ません。
2人が奇跡の駆逐艦と呼ばれる理由が良く解るような気がします。
「……雪風ちゃん!」
「はい! 任されました!」
弾幕を展開し続ける最中、初霜ちゃんの高角砲の砲身が熱を持ったのか発砲が出来なくなる。
初霜ちゃんは雪風ちゃんに一時、対空迎撃の全てを委ねます。
「妖精さん、砲身投棄!」
その声と共に初霜ちゃんの10cm高角砲から熱を持った砲身の部分だけが投棄される。
初霜ちゃんは砲身が外れた事を確認し、翻したスカートの影から予備の砲身を抜き取ります。
恐らく、左足の長い方のソックスに予備の砲身を準備していたのでしょう。
捲れたスカートから見える可愛らしい下着と左足の太腿付近に見える砲身を納めるためのホルダーがあるのがその証拠です。
幾ら戦闘中とはいえ……初霜ちゃんの大胆な動きに私は吃驚します。
ですが、驚くのはこれだけには収まりません。
初霜ちゃんは抜き取った砲身を指先でクルクルと器用に回したかと思うと一瞬で10cm連装高角砲の再装填を終えてしまう。
正に瞬く間という言葉が似合うくらいの速さで行われた砲身の換装――――。
私には良く解りませんが、スタイリッシュと言うべきなのでしょうか……何だか、他の艦娘達が見たら真似したくなりそうです。
「砲身換装……良し! 対空戦闘再開します! 雪風ちゃん!」
「はい、初霜ちゃん!」
砲身の交換を終えた事で弾幕の展開を再開する初霜ちゃん。
それに合わせて、雪風ちゃんも初霜ちゃんとは別の艦載機を狙いながら対空戦闘を続けます。
2人の動きには微塵の乱れもなく、迫り来る艦載機からの攻撃を見事な動きで躱しながら迎撃していく。
短時間ながら永遠にも思える時間が過ぎ――――初霜ちゃんと雪風ちゃんは無傷で凌ぎきりました。
これが……奇跡の駆逐艦と呼ばれた2人。
余りにも素晴らしい奮戦ぶりに私は言葉がありませんでした――――。
「我、損傷無し。各艦、状況を確認願います」
「此方、矢矧。至近弾のみ、被害はありません」
「天城です。損傷はありませんが……艦載機数減、です」
「利根じゃ。瑞雲の数が残り3機、吾輩自身に被害はないぞ」
「初霜です。被弾無し、損傷ありません」
「雪風。初霜ちゃんと同じくです」
初霜ちゃんと雪風ちゃんの見事な対空戦闘もあってか、私達は殆ど損害を受ける事なく第一波の攻撃を凌ぎ切りました。
提督が何故、坊ノ岬の皆をメンバーに選んだのかがはっきりと理解出来る戦闘だったと言えます。
「では、このまま砲撃戦に移行します。陣形は単縦陣。第二波の攻撃が飛んでくる前に仕掛けます」
「了解したわ、榛名さん。初霜、雪風……準備は良い?」
「はい、大丈夫です。第二水雷戦隊……何時でもいけます!」
「雪風もいけます!」
「天城、艦載機の再出撃の準備が整い次第、護衛を飛ばします」
「吾輩を誰だと思っておる。問題無いに決まっているじゃろう?」
損傷が殆どないと言う事を確認した私は砲撃戦に移行する旨を皆に伝えます。
素晴らしい働きを見せてくれた初霜ちゃんと雪風ちゃんに発破をかけられたのか、皆が闘志に満ちていて。
私はこれなら……と確信しました。
「主砲! 砲撃開始!」
榛名さんの号令で砲撃戦が開始されます。
向こうの比叡さん、霧島さんもそれに応じる様に砲撃を開始します。
「比叡お姉さまと霧島は私が抑えます! 皆さんは他の方々を!」
飛んでくる砲弾を躱しつつ榛名さんは皆に指示を出します。
ですが、戦艦2隻を同時に相手にするのは流石に厳しいらしく……表情に余裕はありません。
「了解じゃ! 悪いが……貰ったぞ!」
「くっ……しまった……」
「相手が悪かったな……加賀。御主らの手の内を知り尽くしておる吾輩がそう簡単に思う通りにさせるものか」
その中で利根さんが一瞬の隙を見付け、加賀さんを砲撃し大破判定に追い込みます。
本来なら、重巡の火力で空母を一撃で大破に追い込むのは難しいのですが……。
火力増強を優先した主砲である20.3cm連装砲の3号仕様を装備しています。
それに艦隊の眼を務める利根さんはここぞと言う時を決して見逃しません。
加賀さんが順次補給が終わり次第、発艦させようとしている瞬間を狙いすまし、見事に撃ち抜いたのでしょう。
流石に一撃で大破に追い込むとは思っていませんでしたが……的確に当てるべき所を見抜いたのは流石と言うしかありません。
手元にあったはずの艦載機が煙を上げている事からすると誘爆を併用して加賀さんを大破に追い込んだのでしょうか……。
「加賀さん!? ……これ以上はやらせません!」
大破判定を受けて後退した加賀さんに代わり、赤城さんが利根さんに向かって艦載機を飛ばし、周囲に護衛機を展開させる。
しかし、利根さんはそれを迎撃し、少しでも被害を抑えます。
ですが――――。
「赤城先輩に手は出させません!」
「吹雪か! 腕を上げおったな……! だが、まだじゃ!」
ですが、流石に赤城さんの手口を知る利根さんでも無傷とはいきません。
絶妙なタイミングで援護に入ってきた吹雪さんからの砲撃が直撃、小破判定を受けますが……
利根さんは尚も戦闘続行の構えを見せます。
「きゃっ……!? でも、まだやれます!」
先程から比叡さん、霧島さんと砲撃戦を繰り広げている榛名さん。
激しい砲撃戦の末に比叡さんを大破判定に追い込みましたが、霧島さんからの砲撃を受けて中破判定。
私達の鎮守府で最高練度を誇る榛名さんでも姉妹艦を同時に相手をするのは困難……じりじりと霧島さんに追い詰められつつあります。
「っ……!? 艦載機の皆さん、援護を!」
それを見た天城さんが後ろから護衛機を発艦させ、榛名さんを守るように展開させ、霧島さんを牽制します。
まだ、臨機応変な対応に慣れていない天城さんは旗艦である榛名さんの指示に従ってやや、後方に下がっていたのですが……。
此処は独断でも榛名さんを守ろうと援護に入ります。
「榛名さん!? 大丈夫?」
私達と一緒に吹雪さん達と戦っていた矢矧さんが榛名さんを気遣います。
砲撃戦を展開している霧島さんは未だに小破判定。
天城さんの援護があるとは言え、このまま砲撃戦を続けても榛名さんが不利な状態なままです。
「大丈夫です……! 矢矧さんは私に構わずに戦って下さい! 霧島は私が必ず追い込みます!」
「……解ったわ、榛名さん!」
ですが、榛名さんは自分が霧島さんの相手を最後まで引き受ける事を宣言します。
演習の開始前に「負けません」と言っていた事を成し遂げるつもりなのでしょう。
矢矧さんもその気持ちを汲み取り榛名さんの意思を尊重します。
「初霜、雪風! あの娘達の相手を御願い! 私は……隙を見て赤城さんに仕掛けるわ」
「解りました、矢矧さん!」
此処で矢矧さんは狙いを赤城さんに定める事を決断します。
榛名さんの援護は天城さんに委ね、艦載機による攻撃を阻止する事を選んだのだと思います。
私と雪風ちゃんは砲撃戦に移行して以来、吹雪さんと夕立さんの相手を務めていましたが……。
駆逐艦同士で砲撃戦とあっては御互いに決め手に欠けます。
幸いにして、私達は一定の距離を保ったままなのでそれほど厳しくはないのですが、問題は吹雪さんの相方を務めている夕立さん。
駆逐艦でありながら、重巡洋艦にも匹敵する火力を誇る夕立さんの砲撃を受けたら一撃で大破判定になってしまう。
私は夕立さんの射程に入る度に急加速を繰り返し、砲撃を躱す事に徹しつつ反撃に弾幕を展開します。
夜戦まで時間も後、少し……此処は何とか乗り切る事が大事ですね。
「うぅ……やられました……。天城……艦載機、発着艦不能です……」
「吾輩はまだ戦えるぞ! ……と言いたい所だが流石にこれでは戦えぬな」
「榛名は大丈夫です……でも、主砲破損。大破判定です」
「私は損傷軽微。矢矧、まだ戦えるわ」
「初霜、被弾なし。損傷ありません」
「雪風も同じく損傷なしです」
あれから暫くの時間が経過し、時刻は間もなく、夜戦が近付く頃――――。
砲撃戦を終えた私達は現在の状況を伝えあいます。
榛名さん、天城さん、利根さんが大破判定により戦闘不能。
利根さんは上手く赤城さんを追い込んでいたのですが……。
私達の一瞬の隙に肉薄してきた夕立さんによって大破。
榛名さんは霧島さんとの激しい砲撃戦の末に主砲が破損し、戦闘続行不能に。
天城さんは砲撃戦の最中に榛名さんを庇った際に大破してしまいました。
矢矧さんが損傷軽微で私と雪風ちゃんは無傷です。
此方側で残されたのは第二水雷戦隊のメンバーのみ。
ですが、夜戦に持ち込んだ以上……此方の方がやや有利でしょうか。
「大破判定、限界です……」
「私も比叡お姉さまと同じく……これでは戦えません」
「飛行甲板使用不能……大破判定です」
「まだ動けますが、艦載機の発着艦は不可能……中破判定ね」
「吹雪、損傷ありません! まだ、いけます!」
「夕立、全然大丈夫っぽい!」
向こうの方も私達と状況は殆ど同じ。
大きな違いといえば、私達の方は水雷戦隊指揮官である矢矧さんがまだ戦闘力を残している事。
赤城さんは既に艦載機を飛ばせないし、夜戦では空母は戦えない。
出来る事があるとすれば吹雪さん達を庇う事くらいしか出来ないはず……。
ですが、第二次改装を受けた吹雪さんと夕立さんが相手となれば決して分が良いとは言えません。
此処まで来れば演習の方もいよいよ、大詰め……。
最後まで――――気力、振り絞って、参りましょう!
「初霜、雪風。五十鈴さんに教わった”アレ”で行くわ。準備は良い?」
「解りました。矢矧さん」
「了解です!」
夕日が落ち、周囲が闇に染まる時刻――――いよいよ、夜戦に突入です。
水雷戦隊の指揮を執る矢矧さんが選んだのは古くから第二水雷戦隊に所属し、旗艦を務めていた五十鈴さんが教えてくれた戦術――――逆落し。
第二水雷戦隊旗艦として特に有名な神通さんが得意とするこの戦術は全速力で一気に肉薄し、魚雷を撃ち込む一撃必殺の戦術。
私達の鎮守府には神通さんが居ないため、五十鈴さんと神通さんから直に伝授された雪風ちゃん、天津風さん、浜風さんが中心となって研究し、完成させています。
矢矧さんは第二水雷戦隊旗艦として、それを幾度となく訓練し、私も最後の旗艦として何も考えずとも身体が自然に動くようになるまで訓練し続けました。
逆落しは危険が伴う戦術ですが、第二次改装を受けた吹雪さんと夕立さんを相手にするとなればこのくらいはやらないといけません。
「……夜偵を飛ばすわ。触接が成功するかは解らないけど、後は行くのみね。最後まで頑張っていきましょう!」
「「はいっ!」」
矢矧さんの言葉で私と雪風ちゃんは気合を入れ直します。
夜戦までくればもう此処からは第二水雷戦隊の私達の領分。
後は――――勝ちに行くだけです!
「行くわよ! 雪風は頃合いを見計らって探照灯を! 初霜は最後尾から私に続いて!」
「はいっ! 雪風、行きます!」
「初霜、了解です!」
矢矧さんの号令で雪風ちゃんが探照灯を投射し、矢矧さん、雪風ちゃん、私の順番で一気に突撃します。
「触接成功確認……! 距離、速度……今! 赤城さん、其処は退いてもらうわ!」
向こうとの距離を詰めた所で吹雪さんと夕立さんを庇うように前方に出てきた赤城さんを視認した矢矧さんは2門の15.2cm連装砲を構え一斉射撃を行います。
1発、2発と爆発が連続で起こり、赤城さんは黒煙に包まれる……大破判定は確実です。
「くうぅ……夕立さん、吹雪さん、後は任せます……!」
大破した事で赤城さんは後退しますが、夕立さんと吹雪さんの姿は其処にありません。
確かに赤城さんの背後に追従していたのに……!
「雪風ちゃん! 貰ったっぽい!」
何時の間にか探照灯の範囲外に抜けていた夕立ちゃんが一気に肉薄してきます。
第二水雷戦隊が得意とする逆落しを既に読んでいたのでしょうか。
そう言えば、夕立さんは今でこそ違いますが、元々は那珂さんが所属する第四水雷戦隊の所属。
神通さんの妹であり、第二水雷戦隊の旗艦を務めた事もある那珂さんから逆落しを教わっていた可能性は考えられます。
読まれていたって不思議じゃありません……。
それを実証するかのように夕立さんと吹雪さんは御互いが距離を取り、私達の側面に回り込むような動きで加速しています。
「そう来ると思ったわ! 雪風は……やらせないっ!」
ですが、矢矧さんも逆落しが読まれる事を想定していたのか夕立さんの射線上に立ち塞がり、雪風ちゃんへのコースを塞ぎます。
探照灯を持つ雪風ちゃんが的になり易い事を踏まえての動きです。
夕立さんの12.7cm連装砲B型改二が矢矧さんに一撃、二撃、と砲撃を加えます。
「くっ……流石、夕立ね。私を1度の連撃で大破に追い込むなんて……だけど、雪風を守った私の勝ちよ!」
大破判定を受けた矢矧さんは後退しますが、やる事は全てやったと満足そうな表情です。
赤城さんを大破に追い込み、雪風ちゃんを無傷で守り通す事で矢矧さんは演習での役割を最後まで果たしました。
なら、後は私達がそれに報いるだけです!
「そうです! 矢矧さんに貰ったチャンスは決して無駄にはしません! 夕立ちゃん……これで、終わりです!」
矢矧さんに後を託された雪風ちゃんの12.7cm連装高角砲と61cm四連装酸素魚雷が発射され、砲撃直後で硬直状態にあった夕立さんに直撃します。
主砲、魚雷共に命中確認……大破判定です。
「うぅぅぅ……やられたっぽい……。吹雪ちゃん、後を御願い……!」
「うん! 後は任せて夕立ちゃん! 初霜ちゃん! 勝負だよ!」
夕立さんからエールを貰った吹雪さんはぐっと気合を入れて、私に最後の戦いを挑んできます。
御互いの艦隊は大破判定4と大破判定5。
此処までくれば、私達の方も吹雪さんを大破判定に追い込まない限り、確実な勝利はありません。
演習は大破判定の状況次第では結果が変わってくるのですから。
「ええ、受けて立ちます!」
吹雪さんからの申し出を受けて私は10cm連装高角砲と61cm三連装酸素魚雷の発射準備を済ませます。
雪風ちゃんと目を合わせると、こくりと頷いていて、後は私に全て任せると言っているようです。
こうなると、吹雪さんの水雷魂にが火が付いているように私の水雷魂にも火が付きます。
雪風ちゃん、矢矧さんに全てを任された以上、全力で勝ちに行くだけです……!
「流石、初霜ちゃん! 一度も当てさせてくれない……!」
「吹雪さんだって同じですよ! 流石は第二次改装を受けた特型駆逐艦です……!」
駆逐艦同士の一騎討ちになって10分後――――。
御互いに砲撃を行うも一度も命中を得られず、均衡を保ったまま私と吹雪さんは戦闘を続けています。
火力面に関しては初春型である私よりも特型である吹雪さんの方が優れているので有利なのですが……。
私には射線上を見極めて急加速する術があるため、回避に関しては優位に立っています。
とは言え、このままでは決着が付きません。
なら……初春型の最大の強みを生かさせて貰いましょうか!
「……吹雪さん! これで終わらせます!」
私は吹雪さんに向かって前進しつつ、三連装酸素魚雷を発射します。
「魚雷!? だけど……!」
吹雪さんは回避運動を行い、そのまま勢いに乗せて加速を開始します。
特型駆逐艦の強みである高速と走破性を活かした動きです。
「その程度だったら当たらないよ……! 初霜ちゃん、1対1で魚雷を撃つと隙が出来る……それを凌いだ以上は私の勝ちだよ!」
三連装魚雷を回避し、隙の出来た私を射線上に捉えた吹雪さんは勝利を確信します。
確かに魚雷を撃った後には隙が生じます。
射程が長いと言う魚雷の強みも高速が特徴の特型駆逐艦なら砲撃戦の距離まで肉薄する事も不可能ではありません。
ですが――――!
「爪が甘いですよ、吹雪さん! 次発装填……!」
「えっ……!?」
私は初春型駆逐艦です。
特型には火力、雷装、速度といった部分で劣りますが……。
次発装填装置を搭載した事が特徴なんです。
特型駆逐艦には装備されていない、この装備を吹雪さんは完全に失念していたみたいです。
本来なら、夕立さんが知っているはずですが、基本的に砲撃戦を行うスタイルなので吹雪さんは直接、目にする機会が無かったのでしょう。
ですが、その事が吹雪さんの命取りです。
私は右足に保持していた次発装填装置を抜き取って魚雷発射管に次弾を装填し――――
「これで、御仕舞いです――――!」
10cm連装高角砲と61cm三連装酸素魚雷による一斉射撃を肉薄しようと飛び込んできた吹雪さんに浴びせたのでした――――。
「これで、演習も終わりね。どう、朝霜? あの娘達は凄いでしょう?」
「ああ……想像以上だよ。あたいが脱落した地獄を生還したってのは伊達じゃないな」
チョコレートの準備を済ませて迎えに行ってきた私、霞は今まで行われていた演習を朝霜に見せていた。
初霜、雪風が普段からどういった戦いを行っているか、それを朝霜にも知って貰おうと考えたから。
今の朝霜の様子を見てると想像以上だったみたいだけど。
「特に初霜の急加速と雪風の探照灯の使い方には驚かされるな。ありゃ、発想の違いだよな。少なくとも、あたいは思いつかなかったよ」
「アレは初霜と雪風にしか出来ないしね。少なくとも真似しようとは思わない方が良いわよ」
「……解ってるよ。初霜と雪風の真似したって強くなれない事は」
「ええ。練度を高めるつもりなら、自分に合うやり方を見つけなさい。それが一番よ」
「ま、それもそうさな……。しかし、着任して早々に説教たぁ……相変わらずだな、霞」
「そうでないと私らしくないでしょう?」
「ま、違いないね」
初霜と雪風の事を話しながら軽く肩をすくめる朝霜。
着任早々にしてもう私からの小言を聞いてる訳だから無理もないかもしれないけど。
これでも、朝霜のためを思って言ってるのよ?
初霜と雪風のアレは個人が持つ、特別な技術であって装備によるものじゃない。
それに艤装の持つ記憶が完全に適合出来るあの娘達だからこそ、出来るものなんだから。
私や朝霜では同じ芸当は出来ないし、浜風、磯風も決して同じ事は出来ない。
まぁ、それは朝霜も良く解ってるみたいだから安心したけど。
「さて、良いもの見せて貰ったし……そろそろ、司令の所に案内してくれよ。この後、坊ノ岬の皆で集まるとしても着任報告はしとかないと不味いだろ?」
「そうね。今頃は大和も浜風も磯風も待ちわびてる頃だし、さっさとアイツの所に行きましょ。手続きをしている間に初霜と雪風も戻ってくるだろうし」
確かに朝霜の言う通り、演習も終わったし着任報告は済ませないと駄目ね。
アイツも今か今かと待っているだろうし、大和達も待ちわびてる事だろうし、早いところ手続きはすませないと。
私は朝霜を連れて、アイツの居る執務室へと足を運ぶ事にした――――。
「ふう……気持ち良いです……」
「そうですね、榛名さん」
演習が終わって、私達は入渠施設でゆっくりと汗を流しています。
天城さんと御話をしながら湯船に浸かって、私は軽く背伸びをします。
「比叡お姉さまと霧島との砲撃戦は天城さんが助けてくれなければきっと勝てませんでした。本当に有り難うございます」
「いえ……そんな……。私こそ余り御役に立てず申し訳ありません。榛名さんや利根さん、第二水雷戦隊の皆さんに任せきりで……」
「気にする事は無いぞ、天城。慣れていないにも関わらず、あれだけ航空戦で戦えたのだからな。大したものじゃ」
「そうよ、天城さん。榛名さんと利根さんの言う通りだわ。改装を終えたばかりなのに彼処まで戦えたんだもの」
「きょ、恐縮です……」
私以外にも利根さんと矢矧さんにも褒められて恥ずかしくなったのか、天城さんは赤面した顔を隠すようにぶくぶくと湯船に沈みます。
そう言えば、私も戦艦として着任してからは天城さんみたいな感じだったような気がします。
余り他人事には思えませんね……。
「そして、今回の演習の殊勲者は初霜ね。対空迎撃に吹雪との砲雷撃戦……良いものを見せて貰ったわ」
「ですね。初霜ちゃんの活躍は本当に凄かったです」
「有り難うございます、矢矧さん、榛名さん。でも、雪風ちゃんが居なかったら此処までは戦えませんでしたよ……?」
「そうね。雪風の的確なフォローと連携も見事だったわね。初霜とのコンビは私達、第二水雷戦隊の誇りよ」
「矢矧さん……」
不慣れにも関わらず、頑張ってくれた天城さんに続いて今回の演習の殊勲者である初霜ちゃん。
それに初霜ちゃんとの見事な連携で勝利に献上してくれた雪風ちゃん。
奇跡の駆逐艦と評されている2人ですが……本当にその諱の通りの活躍ぶりでした。
対空戦闘から夜戦まで本当に最後まで戦い抜いてくれた2人には感謝です。
演習結果も最期に初霜ちゃんが吹雪ちゃんを大破判定に追い込み、見事勝利を飾る事が出来ましたし……私自身も霧島に勝つ事が出来ました。
後は着任する予定の朝霜ちゃんを迎えるだけです。
今日は坊ノ岬の皆さんが歓迎会を、明日は正式に提督から朝霜ちゃんの着任の記念でパーティが行われる事になると思います。
と言う事は入渠で汗を流した後は提督と――――っと、いけません……少しのぼせて来たのでしょうか。
「ぱっと見た感じ、良さそうな指令だったな。この鎮守府の雰囲気も良さそうだ」
「そうかしら? まぁ、アイツはそんなに悪くはないと思うけど」
朝霜着任の報告と手続きを終えた私は一緒に大和達が準備して待っている食堂へと向かう。
流石に時間も経過したし、初霜も雪風も矢矧も戻っているはず。
後は私が朝霜を皆の所に連れて行けば良い訳だ。
「手厳しいなぁ……霞は。ま、あたいはそんなとこも好きだけどな」
「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ……。まぁ……私も朝霜のさっぱりしたその性格は良いと思うけど」
「だろ? 御互い様ってやつさ」
道中でこうして御喋りをするけれど、朝霜は相変わらず話していて気持ち良い娘だ。
話に付き合っていて、普段から仲良くしてる初霜と雪風とは違う方向性でウマが合うので適当な話だけでも楽しく感じる。
今日から私と同室になる事になってるけど、これからは色々と面白くなりそう。
「さ、到着したわよ。中では大和も矢矧も初霜も雪風も浜風も磯風も待ってるわ」
「ああ……。少し深呼吸させて貰っても良いか? 柄にも無く緊張しちまってる」
「良いわよ。私が朝霜と同じ立場だったら同じ事してるでしょうし」
暫く歩いて、食堂の扉の前に着いた所で朝霜は大きく深呼吸する。
皆がこうして待ってるって知ったら私でも同じようになるだろうし……無理もないか、と思う。
「いよっし! あたいの準備は大丈夫だ。行こうぜ、霞」
だけど、こういった時の朝霜の切り替えは本当に早い。
深呼吸して、気合を入れるように自分で軽く両手で頬を叩くと、もう表情に迷いはない。
皆の事を受け止めようって顔してる。
「ええ。じゃあ……開けるわよ――――!」
なら、もう躊躇う事も無いわね。
今まで私達を待たせた分はきっちりと歓迎させて貰うんだから――――覚悟しなさないな!
――――朝霜ちゃん、着任おめでとうございます。また、一緒に戦いましょうね。
――――漸く来たわね、朝霜。待っていたわ。今度こそ最後まで頑張っていきましょう。
――――朝霜さん。また、同じ場所で一緒に戦えますね。私も気力、振り絞って、参りますので……宜しく御願いします!
――――朝霜ちゃん、御久し振りです! この鎮守府に来てくれて雪風も嬉しいです! 一緒に頑張りましょう!
――――訓練校で一緒だった以来ですか。朝霜、また宜しく御願いします。口に合うか解らないけど、今日は私の作ったチョコレートを食べてくれると嬉しい、です。
――――久しいな、朝霜。こうして一緒に戦える事になって磯風も嬉しいぞ。是非とも今日は私のチョコレートを……。むっ……! 浜風、何をする!
――――待ち望んでたのは皆だけじゃないわ。私もずっとアンタの事、待ってたんだから! 歓迎するわ、朝霜。
――――有り難うな、皆。夕雲型駆逐艦十六番艦の朝霜……今日から世話にならせて貰うよ。宜しくな!
From FIN 2015/2/18
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