――――1933年1月31日
この日は私、駆逐艦初霜の起工日。
浦賀船渠にて初春型の4番艦として初霜は建造が開始されました。
当時、ロンドン海軍軍縮会議の結果、駆逐艦をはじめとした補助艦にも制限が付けられた海軍は第一次海軍軍備補充計画というものを発令。
理由としては1500トンを超える艦は合計排水量の16%と軍縮によって定められてしまったため。
そのため、吹雪さん達からなる特型駆逐艦の増産が不可能となりました。
こうした事態に危機感を持った海軍は特型よりも200トン軽い1400トンの船体に同等の戦闘力を持たせた艦を建造する事に決めたのです。
しかしながら、この設計は無茶な要求も多く、完成した結果で私達初春型は多数の欠点を抱えてしまいました。
この中でも特に左右のバランスが悪く、復原性が不足しているという致命的な欠陥を抱えていたのです。
更には初春姉さんと子日姉さんが竣工した直後に勃発した友鶴事件により、海軍は復原性の重要性を痛感し、若葉と私の仕様を大きく変更する事にしました。
主に行われた仕様変更として安定性を高めるために使用したバルジの取り外しと重心を下げるために喫水を深くする事。
装備している魚雷発射管を3連装3基から3連装2基へと変更し、その内の1番発射管の位置を下げる事。
主砲の配置を一部変更し、艦橋部分の縮小と錨鎖庫を1甲板分下げる――――等々の仕様変更が行われました。
こうした仕様変更により大きく復原性が増し、安定性の向上にも繋がったのですが……。
残念な事に各性能は著しく低下し、私達初春型は欠陥品の烙印を押される事になってしまうのです。
これにより、本来は全部で12隻建造される予定だった初春型は6隻で打ち止め。
私の妹である有明と夕暮を最後に初春型駆逐艦は次代の白露型駆逐艦へと移っていく事になります。
でも……良いんです、一隻でも一人でも救えれば私はそれで満足。
私達の欠陥を教訓にしたからこそ、後の皆が生まれたのだし、生涯の親友である霞ちゃんや雪風ちゃんに会えた。
何も悪い事だらけだった訳じゃありません。
そう考えれば私はやっぱり、幸運なのでしょう――――。
「起工日、おめでとう初霜。第二次改装が終わった時にも言ったけど、改めて言わせて貰うわ」
「おめでとうございます! 先日に引き続き、初霜ちゃんにとって大事な日が訪れて雪風は嬉しいです!」
「有り難う、霞ちゃん、雪風ちゃん」
駆逐艦初霜の起工日と言う事で先日の第二次改装に引き続き、鎮守府ではパーティーが行われています。
前回の時はこっそりと抜け出して、坊ノ岬を目指した7人で夕日を眺めましたが……流石に今回はそうもいきません。
そのため、会場で霞ちゃんと雪風ちゃんとのんびりとお喋りをしながらジュースを飲んだりしています。
正直、私一人のためにこんなにも御祝いして貰うなんて恐れ多い事なのですが……。
提督曰く「他の所に比べれば所属している司令官も艦娘も少ないから問題ない」との事。
実は鎮守府には複数の司令官が在籍しており、それぞれ管轄している部隊や艦種が違うんです。
また、私達が所属している鎮守府以外にも他の鎮守府があり、在籍している艦娘もバラバラだったりします。
因みに此処の代表を務めている司令官……基い、提督は榛名さんとケッコンしている提督で、主に高速戦艦が管轄なのですが……。
実は榛名さん以外の高速戦艦は誰も所属していないため、完全に榛名さんだけの提督状態です。
一応は大和さん、長門さん、伊勢さん、日向さんの指揮を執っている時もありますが、基本的には別の方が対応しています。
何時も皆を気にかけてくれる優しい提督なのですが……秘書艦も兼任している榛名さんとは公私共に常に一緒。
時折、他の鎮守府から増援に来てくれる金剛さんが居る時はまた別みたいですが……。
私だけの提督と言える人は居ると言えば居るのですが……まだ着任していませんし、そんな榛名さんが少しだけ羨ましいと思う事も。
あ……やっぱり、今日も提督と榛名さんは一緒に居る……。
「どうしました、初霜ちゃん? もしかして、余り楽しめてないです?」
「ううん、そんな事ないわ。ちょっと、提督と榛名さんが羨ましいかな、と思っただけ」
「まぁ、初霜の言う事は解らないでもないわ。アイツも最近は場所とかの遠慮がなくなってきてるし」
「……確かにそうですね、霞ちゃん。雪風も少しそう思います」
提督と榛名さんの様子を見て、羨ましがる私の反応に肩をすくめる霞ちゃんと雪風ちゃん。
最近は遠慮がなくなってきてると言っているけど、その事については余り否定しきれないのが悲しい。
提督も榛名さんも真面目な人だから狙っている訳じゃないのだけど……その分、素であれだから困ってしまう。
夫婦仲が良いのは良い事なんですけど、ね。
「初霜。少し良いかしら?」
「あ、矢矧さん。どうかしたんですか?」
私達が提督達の様子を見て羨ましがりつつ、話をしていると矢矧さんが私がまだ会った事のない艦娘を伴ってやってくる。
もしかしたら、この鎮守府とは違う所に所属している艦娘かもしれない。
「実は私の親友が初霜と話をしたいって言ってるんだけど……大丈夫? どうしても、涼月が御世話になった事で御礼が言いたいんですって」
「ええ、私は構いませんが……。涼月さんの名前を出したと言う事はもしかして、貴方は――――?」
矢矧さんが私の所に来た理由は一緒に居る艦娘が私に御礼を言いたいという事。
ですが、今聞いた涼月さんの名前に私は驚きを隠せません。
矢矧さんや瑞鳳さんに似ているポニーテールに『第六十一驅逐隊』と書かれたペンネント。
そして、軽巡洋艦と見紛うばかりの容姿の艦娘。
まさか、この人は――――?
「秋月型防空駆逐艦、一番艦、秋月です。初めまして、初霜さん。妹の涼月が御世話になりました」
人間としては年下である私にぺこりと頭を下げたのは私にとっても忘れられない艦……涼月さんのお姉さんである秋月さん。
涼月さんとはずっと訓練校を覗きに行った時や電報で御話をしていましたが、秋月さんとは一度も会う機会はありませんでした。
「いえ……私の方こそ涼月さんには御迷惑をかけてばかりですいません」
だから、いきなりの来訪には少し吃驚してしまう。
しどろもどろになりながら謝る事しか出来ませんでした。
「気にしないで下さい。嘗て涼月が受けた恩を思えば初霜さんには感謝してもしきれないくらいですから。本日は起工日おめでとうございます。妹達に変わって御祝いさせて頂きます」
「そんな……有り難うございます。」
初めて会ったのにいきなり深々と御礼を言われては逆に困ってしまう。
艦娘としては私の方がキャリアが長いかもしれないけれど、人間としては秋月さんの方が年上ですし……。
物腰が柔らかい大和さんや榛名さんと接する機会は多々あるけど、同じ駆逐艦の艦娘から此処まで言われた事はありません。
秋月さんは本当に礼儀正しい方なんだな……と思います。
それと秋月さんが言っている涼月さんの事は嘗ての坊ノ岬の時の事を言っているんだと思うのですが……。
私としては少しでも救いたいと思ったから当然の事をしたまでだし……其処まで感謝されるような事はしていません。
あの時の涼月さんは大破して後進しか出来ない状態にも関わらず、必死に母港に帰還しようとしていました。
大破した際に海図を焼失し、ジャイロコンパスを破損して方角を探る術が無いにも関わらずです。
この時の私は矢矧さんの乗組員を救出するためにその近くまで来ていたのですが……これを見過ごす事なんて出来ませんでした。
方角の照合を手伝い、何とか涼月さんを佐世保方面への経路を辿れるように誘導します。
これにより、進むべき方角を定める事が出来た涼月さんは私達が佐世保へ到着した翌日に漁船に護衛されながらも無事に帰還する事が出来たんです。
大和さんも矢矧さんも護れず、霞ちゃん、浜風さん、磯風さん、朝霜さんと……多くを失った坊ノ岬でしたが――――。
残った人達を少しでも救う事が出来た事だけは救いだった……と思います。
「あの……これを受け取って頂けませんか? 妹が是非、初霜さんへ……と」
私が呆然としていると秋月さんが見た事のない装備妖精さんを呼び寄せる。
何処となく秋月さんに雰囲気が似ている姿に……妖精さんが手に持っている装置はもしかして、高射装置?
「10cm連装高角砲に94式高射装置を連動、内蔵させた物です。本来は私達秋月型の主砲なのですが……第二次改装を受けた初霜さんなら使いこなせるかと」
「あ、有り難うございます……ですが、私は――――」
そんな最新式の凄い装備を私が貰うわけにはいきません。
御世辞にも性能が良いとは言い難い初春型の艤装を扱う私なんかにそんな装備は――――。
「何も言わずに受け取って下さい。御一緒出来ない私達に変わって初霜さんを護って欲しいと言うのが、涼月が妖精さんに託した願いなんです」
私の言いたい事を察してか秋月さんはやんわりと押し止めます。
涼月さんが妖精さんに託した願いがどれほどのものなのかをお姉さんである秋月さんは良く理解しているのでしょう。
真剣な表情の秋月さんを見て、私の方も覚悟が決まります。
「解りました……涼月さんの想い、確かに受け取りました」
「はい、有り難うございます。妖精さん、初霜さんの力になってあげて下さい」
妖精さんを受け取った私を見て安心したように微笑む秋月さん。
涼月さんが託した想いを届ける事が出来て安心したのでしょうか……。
「では、私はこれで。矢矧さん、行きましょう」
「解ったわ。それじゃ、また後でね。初霜、霞、雪風」
「はい、解りました」
「後でまた会いましょ」
「矢矧さん。大和さん達に宜しくです!」
新しい装備をプレゼントしてくれた秋月さんは矢矧さんと一緒に私達の下を後にします。
向こうには浜風さん、磯風さん、大和さんの姿も見えますし……秋月さんを紹介するのでしょうか。
矢矧さん達が後にした事でこの場には私達3人が残されます。
「良かったわね、初霜。涼月からの贈り物……これはあの時のアンタが望んでいた物でしょ?」
「……ええ」
秋月さんが私にくれた涼月さんからの贈り物――――これは坊ノ岬で私が最も求めていた装備だった。
当時の私の装備には対空に適した装備が施されておらず、高射装置も積まれていないという有様。
力の及ぶ限り戦ったつもりだったけれど、皆を護るには到底、力が足りなかった。
あの時の戦いで航空機を相手にまともな反撃を行えていたのは涼月さんと冬月さんの2人だけ。
私も霞ちゃんも雪風ちゃんも応戦する事は出来ても、まともに迎撃出来ていたとは言い難い。
だけど、この砲なら……きっとあの時に手が届かなかった所にも届かせてくれる――――。
私の起工日に届けられた涼月さんの贈り物は最高の贈り物です!
確かに貴方の想い受け取りました――――!
「これなら、皆を守れるわ。 涼月さん、有り難うございます――――!」
From FIN 2015/1/31
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