――――1945年7月28日





 呉軍港空襲最終日。
 太平洋戦争の終戦まで後、僅かにまで迫っていたこの日。
 ”高速戦艦榛名”は空襲により大破着底しました。
 その事もあってか私は7月28日が来ると何時も空を見上げています。
 これは”戦艦榛名”と言う艤装が秘めている記憶がそうさせているのかは解りません。
 私は艦娘の榛名であって嘗ての戦艦榛名とは異なる存在だから。
 でも、実際に過去の”戦艦榛名”が経験した空襲は決して消える事の無い記憶。
 今の私が使っている艤装が”戦艦榛名”のものである以上、榛名はやっぱり榛名であって。
 何だかこう書いていると何が何の事か解りませんね。
 正直、私自身も良く解りません。
 やっぱり、自分の事であっても本能的なものだといまいち説明し辛いです。
 もしかしたら、金剛お姉さま達もそうなのでしょうか?
 レイテ沖海戦では私と共に生き残り、日本に帰投しようとしながらも道中で力尽きた金剛お姉さま。
 第3次ソロモン沖海戦で奮戦し、散って逝った比叡お姉さまと霧島。
 私以外の姉妹もそれぞれの最期となった日には思う事があるのでしょうか?
 そんな事を思いながら私は一人、空を見上げます。
 今日は快晴、空には雲一つすら見当たりません。
 勿論、私を狙う飛行機の姿も――――。
















「榛名! 此処に居たのか」

「提督」

 私がのんびりと海岸で空を見上げていると後ろから若い男性が声をかけてきます。
 この方が私の直属の上司である提督。
 年齢は私達と同じくらいに若いけれど将官という立場にある名指揮官です。
 詳しい話を聞いたところ、何でも適性があるとかないとかで選ばれたのだとか。
 私達が艤装に選ばれて艦娘として在るように提督にも何かしら必要なものがあるのかもしれません。

「……空を見ていたんだな。やっぱり、今日があの日なのが原因か?」

「はい……」

「呉軍港空襲、その最後の日か……確かに榛名にとっては思うところのある日だろうな」

 私がぼんやりとした様子だった事を見抜いた提督は納得した様子で頷きます。
 提督もやはり、今日が何の日か解っていたみたいで。
 榛名がこうしているのも織り込みだったのかもしれません。

「まぁ、俺の場合は違う意味で思うところのある日なんだけどな」

「え……?」

 だけど、提督は別の意味で今日と言う日に思うところがあるみたい。
 榛名には最後の空襲の印象が強すぎて、どうも他の事は思いつきません。
 提督はいったい、何を思っているのでしょうか?

「7月28日は俺が榛名を見た初めての日だから。……とは言え俺が提督になる前だから知らないとは思うが」

 思いがけない提督の言葉に私の胸がどきっ……と高鳴ります。
 その表情は何時になく真剣で。
 今までこういった表情は殆ど見た事がありませんでした。
 だから、私は思わずどぎまぎしてしまいます。
 しかも榛名を初めて見た日だなんて言われたらなんて言ったら良いのか解りません。
 提督が私を見たと言う日については何の覚えもありませんし……。

「それに先程、正式に大本営から通達があった。榛名、君の第二次改装だ」

 私が提督の言葉に答えられないままでいると更に驚く事が。
 ずっと今までは音沙汰が無かった第二次改装の話。
 私以外の高速戦艦は皆が既に改装の話が出ていて……私だけが唯一人、その話が上がる事はありませんでした。
 だけど、今日のこの日に話を聞かされる事になるなんて。
 やっぱり7月28日と言う日は榛名にとって大切な日なのかもしれません――――。
















「新しくなった艤装はどうだ? 何処か調子が悪いとか無いか?」

 あれから、鎮守府に戻って第二次改装を終えた私を提督が出迎えてくれます。
 艦娘の艤装の改装は時間が掛からないとは言え、新しくなった榛名を一番に提督が見てくれると言うのは嬉しいです。

「はい、榛名は大丈夫です」

 艤装の感触を確かめてみます。
 改装されたばかりですが、艤装の調子は良好でダズル迷彩を施された35.6cm連装砲は”戦艦榛名”が最期まで身に付けていた主砲。
 それもあってか、凄く身体に馴染むような気がします。
 第二次改装は艤装の更なる性能の向上を齎すものですが……その反面で身に付ける私達や装備にやどる妖精さん達の負担が増すものであると聞いていました。
 にも関わらず特にきついと言った感じが無いのはもしかすると、私自身との相性の良さがあるのかもしれません。

「そうか……第二次改装は個人差があるらしいからな。……榛名には何の負担もかかっていないようで安心した。虚勢をはっている訳でも無いみたいだしな」

 改装前の艤装よりも調子が良さそうである事に安堵した表情を見せる提督。
 実際に負担があるかと聞かれると私には特に感じるものは無いのですから答えようがありません。
 後は実際に演習や出撃で色々と確かめてみるしか無いと思います。
 実際に艤装を動かすには妖精さんとの事もありますしね。

「さて……改装が終わって早々で悪いが俺と一緒にさっきの場所まで来て貰えるか? ……大事な話がある」

「はい、解りました」

 暫く私の様子を見ながら考える様子を見せていた提督が先程の時と同じ真剣な表情で尋ねてきます。
 特に断る理由もありませんし、提督の表情から大事な事があるのは間違いありません。
 私も7月28日である今日ならずっと心の内に秘めてた事を提督に御伝え出来るかもしれないと思い頷きました。
















「ふう……此処から見上げる空は良いもんだな」

「はい、提督」

 提督に連れられて鎮守府の外にある海岸に戻ってきました。
 改装を行うために戻る前は日が一番高いところに昇っていたけれど、今もう夕日が沈み始めています。
 それ程の時間は経っていないと思っていましたが、私が思っているよりも時間が経つのは早いみたいです。

「さて、榛名。改めて第二次改装おめでとう。この鎮守府で一番の練度である君が漸く、機会を得る事が出来て本当に嬉しい」

「そんな……私には勿体ないです」

 提督から御祝いの言葉を頂けて本当に嬉しいです。
 誰よりも最初にこうして言って貰える事はそれだけ提督が榛名を大事にして下さっている事ですから。

「謙遜しなくても良い。榛名はそれだけ戦ってきてくれたんだから」

 そう言いながら提督はそっと私の手を取ります。
 私よりも大きいその手に包まれると何故かほっとしてしまうけれど……。
 提督に触れられているともっと違う気持ちも湧いてきてしまいます。
 寧ろ、私の方から提督に触れたい……なんて。
 わ、私ったら何てことを考えているんでしょう?

「そんな榛名にずっと伝えたいと思っていた事がある聞いてくれるか?」

「は、はいっ!」

 提督に対する想いがばれてしまったのではないかと、私は思わず焦って答えます。
 一人の男性として御慕いしていますが、これは私からは絶対に言えない事。
 提督に想いを寄せる娘は私以外にも多数居ます。
 抜け駆けなんて真似はけっして出来ません。
 ですが、提督はそんな想いを知ってかそっと私を抱き寄せて――――。
 私が一番望みながらも、自分からは伝える事の出来ない言葉を伝えてくれました。
















 榛名、ずっと君の事が好きだった――――と。




























 From FIN  2014/7/28



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